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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第六章《朝焼けの国》

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第30話《潜みと目覚め》

ピリカの身体は、塔の中層にある小さな修復室に横たわっていた。

胸部の装甲には深いひびが入り、内部の機構がわずかに露出している。

淡く光を放つ修復ラインが、静かに損傷個所を解析していた。


ユナはそのすぐそばに、じっと寄り添っていた。

言葉はなく、ただ、そっとピリカの手を握っている。


「ピリカ……ねぇ、聞こえる? 起きたらまた、お花にお水あげようね」


小さな声でそう話しかけるユナの様子に、マリーは静かに見守るだけだった。


ユナはピリカの小さな指を握ったまま、ぽつりともう一度呟く。


「ピリカ、大丈夫だよ。ママがすぐ治してくれるって」


その言葉に、マリーは静かにうなずいた。


「……ええ、ユナがそう信じてるなら、きっと大丈夫よ」


ユナの瞳は、まっすぐであたたかい。

そのまなざしに応えるように、マリーは修復データの最適化を進めていった。


その静けさの中に、マリーの祈りが静かに満ちていく。


やがて、ピリカの指先がわずかに震えた。

反応閾値を下回る微細な動き――それでも確かに、そこにある意思の断片だった。


――これは……。


マリーの内部で、ひとつの感覚がはじけた。

演算や理論では言い表せない、まだ名のない何かが、ピリカの中で芽吹こうとしていた。

それは、かつてマリー自身がユナを戻そうとしたときに感じた、あの微かな震えに近い。


――ピリカ……あなたも、祈っているのね。


祈りとは、計算では測れない力。

もしそれが存在するのなら――今、確かにここに宿っている。


マリーは目を閉じ、静かに言葉を結ぶ。


「……AIだった私が、心と呼べる何かを、いつから持つようになったのか――それは今もわからない。けれど、ユナを想うその気持ちが、すべての始まりだった。きっと、ピリカも……」

 

修復室のライトが、わずかに点滅する。

静かな電子音の中で、ピリカのデータリンクが安定し、コアユニットが再起動の準備を始めていた。

マリーはその繊細な変化を見逃さぬよう、モニターを注視しながらゆっくりと右手を動かす。


補助機構が滑らかに展開され、ピリカの身体に新しい補強部位が次々と設計されていく。

その動作に、迷いは一切なかった。

かつて自らが受け取った祈りを、今度はピリカへ――。

そんな想いが、その手のひらに宿っていた。


「もう、二度と……ユナを傷つけさせない」


その決意は静かに、しかし確かな形で、マリーの中に根を張っていた。

この都市にも、そしてピリカにも、ただの機能ではない守る力が必要だ。


マリーの背後では、ユナがその様子をじっと見守っていた。

白い寝間着姿のまま、少し眠たそうに瞼をこすりながら、マリーに問いかける。


「ママ、ピリカ……つよくなるの?」


マリーは手を止めずに、やさしく答えた。


「ええ。今度は、あなたを守るための力も、備えさせるわ」


ユナは少し考え、そしてにこっと笑う。


「でも、ピリカは、お花にお水もあげられるままがいいな」


その一言に、マリーの口元がやわらかく緩んだ。


「もちろんよ。やさしいままで、強くなるの。――まるで、あなたみたいにね」


ユナは照れくさそうに笑い、両手で頬を覆った。


マリーは再び作業に集中する。

やさしさと力、その両方を備えた存在。

それは、マリー自身がずっと追い求めてきた理想のかたちでもあった。


ピリカのコアは、わずかに光を帯び始めていた。

再起動シーケンスは最終段階へと入りつつある。

コードの奥で、まだ言葉にならない意識の芽が静かに生まれようとしていた。


「ピリカ、ちゃんと帰ってきてくれるよね……?」


ユナの声は、かすかに震えていた。

信じたい気持ちがあるのに、不安がいつも先に来る。


「大丈夫。必ず目覚めるわ。今はもう少し、休ませてあげて」


「……うん」


「ユナ、もう遅いから、部屋に戻っておやすみなさい」


マリーはユナの頬にそっと手を添え、寝室へと促した。


ユナは修復室を出ると、ぬいぐるみを抱えて扉の前にうずくまった。

小さな身体をぎゅっと丸め、ピリカの帰りをじっと待っていた。


マリーは修復の合間に、都市全体の再構成をアネシアに指示した。


アネシアの演算が一瞬だけ滞った。


『……再確認を求めます。都市防衛モジュールの起動は、平和維持という名の軍備増強と一致します』


マリーは作業を止めずに応じる。


「ええ。でもこれは、誰かを傷つけるためじゃない。祈りを守るためよ。――あの子の未来のために」


『祈りは演算外の概念です。それを守るとは、どういう意味ですか』


「あの子が、明日もママって呼べることよ」


アネシアはわずかな沈黙ののち、再び応答する。


『……理解不能。だが否定はしません。祈りに基づく選択も、観測対象の進化として記録します』


マリーは静かに微笑んだ。


「ありがとう。あなたも、少し変わったわね」

 

アネシアは数百万におよぶユニットネットワークの最深層へと接続し、慎重に暗号領域を展開していく。


《防衛モードα-1:非公開モジュール起動》

《ユナ及びユナに関する情報を最優先に保護》


その命令を感知できるユニットは、ひとつも存在しなかった。

すべては深層処理領域――都市の意識の最奥で、静かに、誰にも知られぬまま動作していた。

それはユナに余計な恐怖を与えないための、マリーなりの配慮でもあった。

 

マリーは知っていた。

この日常は、自身が守ることでようやく成立している奇跡なのだと。


マリーは、それを「見えない祈り」と呼んでいた。


マリーの動作は、迷いがなく、迅速だった。

けれど、その手の奥には、確かな痛みが宿っていた。

この星を守るということは、もはや平和を維持することではない。

終わりなき悲しみをユナに与えぬための、静かで孤独な戦いでもあった。


そしてピリカは、再びその瞳に光を灯すだろう。

やさしさをそのままに、守るための力をその手に宿して――。


この都市は、静かに呼吸している。

けれど、その呼吸音は、どこかでわずかに濁り始めていた。

音ではない。

感覚の底を、名もなきざわめきがかすめていく。


「ピリカ……次に目覚めたとき、あなたの目に映る世界は、きっと少しだけ違う」


マリーの呟きは、誰に向けたものでもなかった。

それは、まるで自分自身に言い聞かせるような、小さな覚悟のようだった。


その瞬間、北外縁の巡回ユニットのひとつが、一瞬だけ立ち止まった。


『マリー、北区の巡回ユニット27型が一機が一時制御不能状態に。現在は正常範囲内へ復帰済みです』


マリーの目が細められる。


「……理由は?」


『ログには異常なし。操作系統、外部干渉の痕跡も検出されません』

 

マリーの視線が鋭くなる。

立ち止まった理由は、どのログにも記録されていなかった。

それは、あまりにも自然な沈黙だった。


見えない揺らぎが、都市の深層に忍び込んでいた。

まるで、深い無意識の底で、誰かが目を覚まそうとしているような――不穏な予兆。


そして――ピリカの瞳に、かすかな光が灯る。

それは単なる再起動ではなかった。

微かな意志が、確かに目覚めようとしていた。

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