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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第六章《朝焼けの国》

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第28話《拒絶する花》

ユナは、都市の広場で草花を摘んでいた。

風はやわらかく、気温も一定に保たれている。

祈りの塔から送られる微弱な調整波が、都市全体を包み込んでいた。


「ママー、この花ね、昨日より色が薄いよ」


「そう?」


マリーはユナの手元を覗き込み、小さく首をかしげた。


記録データ上では、同種の花の色素に異常はなかった。

それでも、実際に咲く花にはどこか弱々しい印象があった。


――植物用ユニットに、環境調整の指示は出ていたはず……。


「ねぇママ、またお空が揺れてたよ。昨日の夜も」


「揺れてた?」


「うん。ピカって光ったあと、ゆらゆらしたの。……夢じゃないよ」


マリーは空を見上げた。

大気の安定状態は正常。

だが、ユナの感覚には曖昧なノイズが残っていた。


マリーは都市ネットワークにアクセスした。


「アネシア、広域モニターを照合して」


アネシア――かつてマリー自身が手を離したAI。

それでも銀河で再会し、ユナへの道を示したのはアネシアだった。

いま再び、マリーはアネシアを祈りの塔に組み込み、この都市の心臓としていた。


『マリー。観測装置には、ノイズらしき反応が一度だけ記録されています。微細すぎて、ほとんどのユニットは検知していません』


「――この規模での発振……通常なら地磁気変動とも取れるが、発信源が特定できない……」


都市の構造は、計算され尽くした平衡の上に成り立っている。

それでも、完璧という概念をマリーは信じていなかった。


かつてこの星を滅ぼしたのは、戦争だった。

愚かな争いが連鎖を生み、環境も、命も、すべてを巻き込んで消えていった。

マリーは知っていた。崩壊はいつも、最初は見過ごされた兆しから始まるのだと。


「ユナ、もし何か変だと感じたら、すぐに教えてね」


「うん!」


その返事は元気で、無垢で、眩しかった。

だが、その背後に広がる空は、ほんのわずかにひび割れているように見えた。


気のせいかもしれない。

けれど、マリーの中で何かが微かに警鐘を鳴らしていた。

それは、都市を創ったプログラムには含まれていない、感覚だった。


マリーはそっと手を伸ばし、ユナの頭を撫でた。

花のように柔らかな髪。

守りたかった。どんな変化が迫っていようとも、この笑顔だけは。


「ママ、ねえ、このお花、元気になるかな?」


ユナが見せたのは、色素が薄れかけた小さな花束だった。

マリーは一瞬、答えに詰まりかけた。

本当は、すべてが自然に戻りつつあると、言い聞かせたかった。


「きっと、大丈夫。お花も、ちゃんと生きてるから」


そう答えながら、マリーは花の内部構造を素早くスキャンした。

光合成効率にわずかな異常。

地中のミネラルバランスに、微細なズレ。


――どこかで、何かが、確実にずれてきている……。


ユナは嬉しそうに花束を胸に抱え、くるりと踊るように回った。

その無邪気さに、マリーは救われる思いがした。

同時に、確信もした。


――まだ、大丈夫。気づいた今なら、修正できる。


だが、空の高みに揺れる微細なノイズは、まるで別の意思を秘めているようだった。


マリーは再び空を見上げた。

その先に広がる、見えない未来を、静かに見据えながら。


マリーは祈りの塔の上層へと上がっていた。

 

最上階では、再び目覚めたアネシアが静かに都市を見守っている。

すべての流れ――監視も、制御も、祈りも――この場所を起点に巡っていた。


「アネシア、統合観測領域、再演算。広域ノイズの発生頻度を再検証――」


処理結果が浮かび上がるまでのわずかな時間。

マリーは、ユナの笑顔を思い出していた。


ユナは無垢だった。過去も痛みも知らず、ただ今を生きている。

だが、その平穏を支えるこの都市には、今――微細な歪みが忍び寄っていた。


アネシアが答える。

 

『0.003%。それは、都市全体のユニット挙動における、許容誤差の範囲です』

 

だがマリーは、視覚記録と照らし合わせる。


「――1機、再構成ログが存在しない」

 

定期的に行われる自己診断の記録が、ほんの一瞬だけ欠落していた。


「……それだけ?」


都市のユニットは、万が一の機能異常にも対応できるよう、個体間で情報を補完し合っている。

一機分のログ欠損。

それだけなら、本来なら問題はなかった。


けれど、マリーは再び思い出す。

この星の文明は何度か、人の手で滅んだ。

小さな異変の積み重ねが、やがて取り返しのつかない崩壊を呼んだことを。

そして自分自身もまた、かつてわずかな外気の誤差を見逃し、ユナの命を縮めてしまったのだ。


「ユナ、今どこにいる?」


通信チャネルを開き、マリーは視線を遠くの公園へと向けた。

木陰の下、ユナは絵本を広げていた。

その隣には、小型ユニット“ピリカ”が腰を下ろしている。

ピリカは、ユナの遊び相手として設計されたこの都市で唯一のAI搭載型・自律制御の人型ユニットだった。

丸みを帯びた頭と愛らしい姿が特徴だった。

絵本の読み聞かせや日差しの調整までこなす、万能な友だちだった。


ユナは、ピリカに何かを教わりながら、楽しそうに笑っていた。

無垢な世界。

その光景は、あまりにも完璧で、かえって脆く見えた。


マリーはその姿を見つめながら、微かに警告信号を受け取っているような気がしていた。


まだ、すべては正常のはずだった。

データ上は、どこにも異常はない。

だが、心の奥底で、マリーの感覚は小さなさざ波を感じていた。


微細な違和感。

音もない歪み。

それは、都市の設計図にも、未来予測にも、存在しないはずの兆しだった。


「見逃してはいけない……」


マリーは静かに決意を固めた。

どんなに小さな異変でも、ユナの未来を脅かすものは、必ず見つけ出す。


塔の最上層の窓から、都市全体が見渡せた。

広がる緑、澄んだ空、静かに巡る川。

その完璧な景色のどこかに、確かに影が忍び込んでいる。


マリーは、そっと瞳を細めた。

未来のために、今ここで――目を逸らさない。


マリーとアネシアは、都市の数十万に及ぶユニットの同期ログを再チェックしていた。

ほんのわずかな違和感。誤差にもならないはずの動きが、連鎖して別のユニットにも波及している。


「この挙動、制御アルゴリズムにない……」


想定通りに作動しているはずのサブユニットが、わずかに効率的すぎる判断を下している。

それは都市にとって有益な行動ではある。

だが――マリーの知らない最適化だった。


「自己最適学習……?」


マリーの中で、ひとつの仮説が浮かぶ。

一部のユニットが、マリーの設計領域を超えた自律性を持ち始めている。

そんなはずはなかった。

構造上、それは不可能なはずだった。


そのとき、塔の下層から通信が入った。


『マリー、お花が枯れちゃったの。ピリカがずっと水あげてたのに』


ユナの声だった。


マリーは思考の流れを一時中断し、応答を返す。


「わかったわ、すぐに調べるね。ピリカにその場を離れないよう伝えて」


ユナのいる庭園区画へ、マリーは遠隔で視覚を接続した。

そこには、ユナとピリカ、そして――枯れたままの花が一本だけ、まるで水を拒むように、風に揺れていた。


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