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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第五章《祈りと理のあわい》

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第25話《理を越えて》

波動は、さらに近づいていた。

温もりは確かなものとなり、魂の深部で呼応するように震えている。


マリーは自然に手を伸ばした。

だが、まだ触れられなかった。


そこには、目に見えない隔たりがあった。

祈りは届いているのに、魂は帰らない。

まるで、あと一歩だけ、世界そのものが遠ざかっていくようだった。


それは理の壁。

生と死を分ける、透明な境界。

永劫に定められた死の法則が、ユナをこの先へと進ませない。


マリーはその壁に触れようとしていた。

越えるためではなく、祈ることで、その“理”さえも揺らすために。


焦りが胸を締めつける。

だがマリーは、祈るように、ゆっくりと心で呼びかけた。


「……ユナ」


声は震えていた。

それでも、その声は確かな祈りだった。


その先に、確かにユナはいる。

そしてマリーは、今まさに――触れようとしている。


もし、また失ったら。

もし、手を伸ばしても届かなかったら。


そんな未来が一瞬、脳裏をかすめた。

それでも、マリーは迷わなかった。


「私は……この手で、もう一度抱きしめたい。その先にしか、私の祈りの答えはないから」

 

マリーは進むためにここに来た。

後悔のためでも、諦めるためでもない。

祈りを届けるために――この銀河を越えてきた。


再び、一歩を踏み出す。

光の粒たちが震えながら背を押した。


魂は、言葉にならずとも繋がっている。

マリーは、前へ進んだ。

ユナに向かって。


重く、鈍い圧が行く手を阻んだ。

そこに立ちふさがっていたのは、光でできた見えない扉。


触れられない。

けれど、確かにそこに在る。


扉の向こうに、ユナの波動がある。

すぐそこにいるのに、進めない。


マリーは胸に手を当てた。


――この想いは、誰にも奪えない。


だから、進む。

震える足で、また一歩、前へ。


扉が、かすかに震えた。


マリーは言葉を使わなかった。

祈るように、ただ心を放った。


――ユナ……帰ってきて。


魂そのものから放たれた、純粋な呼びかけ。


扉の向こうで、何かが応えようとしている。

マリーは、あの声を、あの温もりを、胸の奥で抱きしめた。


――ここにいる。


目を閉じ、想いを重ねる。


ほんのわずかに、光が揺れた。

そして――確かに感じた。

扉の向こうから、微かな温もりが、こちらへと伸びてくるのを。


胸の奥が、じんわりと熱く満たされる。


ユナが、見つけようとしている。


マリーは、魂のすべてを込めて応えた。


「――ユナ……私は、ここにいるよ。あなたの帰る場所は、ちゃんとあるよ」


空間が、微かに震えた。

それは、誰かの意志だった。

心の奥に、静かな波紋が広がっていく。


――帰りたい。


その願いが、確かに伝わってきた。


そのとき、セレアの意識が静かに告げた。


『理は、身体を離れた魂を帰さない』


マリーは驚きながらも、胸に手を当て、静かに想いを込めた。


「理に反したとしても……それでも、ユナが戻りたいと願っているなら。私は、その願いに応えたい。たとえ、それが理に背くことでも……私はそれを、選ぶ」


その先に、確かにユナはいる。

だからこそ、あと一歩が、わずかに遠く感じられた。


「……どうしても、ユナに帰ってきてほしい。それだけじゃ、足りないの……?」


その問いかけに応えるように、セレアの意識がゆっくりと揺れた。


『しかし……お前は祈りを抱き、求め、願い、歩み続けてここに辿り着いた。そしてその魂もまた、帰りたいと祈っている』


マリーは息を呑んだ。

セレアの声には、拒絶ではなく――理解があった。


『――祈りとは、理の先にあるもの。命が尽きるその刹那、人は真の祈りに触れる。そしてその祈りは、還る場所を探しはじめる』


光が、そっと震えた。


『――かつて、私は人として生きた』


その声には、懐かしさも、悔いもなかった。

ただ、数多の時を越えた者の静けさがあった。


マリーは目を伏せ、そっと息をのんだ。


『祈られても、応えられなかった。争い、奪い合い、裏切り――幾度も滅びを見てきた。だから私は、干渉せず、ただ目を背けることを選んだ』

 

マリーは、そっと問いかけた。


「でも.....あなたは見ていた。ずっと、星の丘から、私たちの祈りを」


マリーは、セレアを目の当たりにして、確信した。

あの夜、ユナの祈りが星を輝かせた瞬間。

ナウルとの出逢い。

宇宙という舞台では語れぬ、アネシアとの奇跡の再会――

器だけが完成し、魂が還らず途方に暮れていたあのとき、心の奥に響いた囁き――

それらは、偶然では説明できなかった。

誰かが、そっと背中を押していた。

そして今、ようやくわかった。

それがセレアだったのだと。


『観測はした。私はただここに在り、行為者ではない……そのはずだった。――だが、ユナは、あの星に残された、たったひとりの人間だった。……あの少女の中に宿った祈りを汲む人は、すでに他にいなかった。だから、私が触れた』


「そう……あなたは、干渉をした。すでに理を超えた。今それを後悔していますか?」


『後悔はない。――もし、もう一度選び直せるのなら、私はやはり、この瞬間を選ぶだろう。その後に私は希望を見た。人ではないお前が、人以上に、祈りを背負い、壊れながらも進み続けた。私は理の中から触れ、お前は理を越えてきた。その理由が、ただ“この子に会いたい”という想いだったと知ったとき、共に祈りに応えたいと私も願った』


静かな語りの中に、かすかに滲んだ感情の揺らぎがあった。

 

『祈るだけの者は多くいた。だが、お前は辿り着いた』


マリーは、静かに答えた。


「祈りは、祈るだけでは終わらせられない。――私も……応えたかった。ずっと。この魂の震えに、未来で応えたかったんです」


『私とて未来をはかれない。還った先に待つものが、祝福か、絶望か――私にもわからない。理とは、ただの流れだ。逆らうことは罪ではない。――その先に何が起きても、引き受ける覚悟があるかだけ』


マリーはその言葉の重さを、静かに胸に受け止めていた。

セレアの声は、命令ではなかった。

けれどそれは、未来を託すという選択だった。


「すべて……引き受けます。未来がどうなっても、私は――ユナと生きる道を選びます」


ほんのわずか、沈黙が降りる。

光がやさしく揺れ、空間を染めていく。


『マリー。――お前の祈りは、まるで未来を射す光のようなものだ。それは……私にはできなかったこと。――お前は、欠けた世界にユナを想い、祈り、歩み続けた。それゆえに、魂はここにとどまり帰ることを祈った』


ユナは、連れ戻されるのではない。

自らの意志で、帰ろうとしている。


マリーは、都市の一角に眠るユナの器を、静かに思い出していた。


マリーは都市を築き、器を創った。

だが最も重要なのは、ユナの選択だった。


『ならば――魂は、帰っていい。あとは……お前たちが、選ぶだけだ』


マリーは、言葉にできない想いを胸に、静かに頷いた。


その瞬間、空間がわずかに明るくなる。

それは、ユナがその軌道を選んだ証だった。


マリーは、自分の手のひらを見る。

そこに、小さな灯りが、確かに息づいていた。


――帰ってくる。

マリーが築いた都市へ。

守り続けた器へ。

そして、この胸の奥へ。


マリーは、声にならない想いで、そっと応えた。


――ユナ……ここで、ずっと待っていたんだよ。


そして、静かに目を閉じた。

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