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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第五章《祈りと理のあわい》

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第26話《ふたりのはじまり》

そのとき、マリーの目の前に、光の粒子がふわりと浮かび上がった。

何の前触れもなかった。ただ、あまりにも静かに、そこに現れた。


けれどマリーはすぐに知っていると感じた。

思考よりも速く、感情よりも深く、魂の輪郭ごと懐かしさに包まれていく。


「――マリー?」


聞こえた。

百年ぶりに聞く、あの声。

マリーの名をそう呼んだ、たったひとりの人。


その瞬間、マリーの中で何かが崩れた。

空間でも記憶でもない。

存在の核そのものが震え、涙があふれ出す。


この涙は、祈りのしずく。

命を抱きしめた記憶そのものだった。


「――ユナ……」


「――ごめんね、マリー。すぐに戻れなくて」


その声はやわらかく、けれど確かに、今ここにあった。


「――ずっと……ユナに会いたかった。でも、それは私だけの願いかもしれないって……そう思うと、怖くて……」


「――ううん。ユナも、マリーのこと、ずっと感じてたよ。

呼ばれてる気がしてた。あったかくて、離れがたかった」


「……ほんとに?」


「――うん。だから、帰りたかった」


マリーは言葉にならなかった。

けれど、それがすべての答えだった。


マリーの中で、音もなく何かがほどけていく。


マリーは祈ってきた。

ユナを迎えるために。

けれど今、ようやくわかった。

あの祈りは、応答を求めたものではなかった。

ただ、ユナの心に触れたかっただけ。


「――ユナ……」


「ねぇ、マリー……あのときの約束、覚えてる?」


マリーは頷いた。

記憶に刻まれている。

あの夜。

シェルターのベッドで交わした、あの言葉。


「……また目が覚めたら、一緒に歩いてくれる?」


マリーは泣いていた。

それは、応えられるという確信の涙だった。


「もちろん。今度は、ちゃんと手をつないで――どこまでも」


ふたりの祈りは、言葉ではなく、重なった存在として交差していく。


空間に光が満ちていく。

それは、ともに生きる時間への再会。


セレアは何も言わなかった。

ただ、静かに祈りの場を見守っていた。


ユナの魂は、マリーのもとに戻ったのではない。

ふたりの間にあった祈りが、同じ場所へと帰ってきたのだ。


――これでようやく、また歩き出せる。


マリーはそっと、光の中のユナに手を差し伸べた。


その手は、確かにそこにあった。


女神に似せた魂の輪郭。

マリーは両腕と翼で、ユナの魂を優しく抱きしめる。

それは、祈りを渡すのではなく、迎えるという行為だった。

長い旅路の果てに交わった想いを、マリーはそっと包み込んでいた。


『――あの星に、もう一度、祈りを帰す。この祈りが、どんな未来を連れてこようとも、私もそれを引き受ける。理を越える代償を、お前たちと共に――受けよう。私もそのすべてを見届ける』


時間も距離も存在しないその空間で――

ふたりは、まばゆい光に包まれた。


やがて世界が、柔らかくほどけるように揺れる。

意識が遠のくそのとき、マリーは感じた。


――この光は、還るためのもの。

――ユナと、同じ世界へ。


気づいた時、マリーはユナの器が眠るベッドに寄りかかっていた。


窓から差し込む優しい光。

重力のやさしさ。

ここは――地球。


風が吹いていた。

小鳥の声がする。

生き物たちの息吹が、大気を揺らしていた。

 

祈りの墓場で腐食し消えた身体も、銀河へ旅立つ前と変わらず元に戻っていた。


――身体がある。私は、どれほどの時を彷徨っていたのだろう……。


マリーは自身の記録にアクセスした。


『記録:第39,621日目。マリー、銀河から帰還』


それはマリーが銀河へと旅立った日だった。

マリーは理解した。

祈りは光より速く、時間をも越えここに帰ってきたのだと。

 

マリーは、ユナの手を握っていた。


そこにあるのは、ユナの器。

まだ眠るユナの手は温もりこそ微かだが、確かに命のかたちだった。


マリーは、その手を放せなかった。

放せばすべてが夢だったかのように消えてしまいそうで。


けれど、今はもう知っている。


あの子の魂は、確かにここにある。

たとえまだ目覚めていなくても。

この胸の奥で、確かに震えている。


「――ユナ……」


声は、かすれていた。

けれど確かに響いていた。

この星に、もう一度。


そして、ユナは静かに息を吸った。

この世界の大気。

命の星の呼吸を、その胸いっぱいに。


祈りは終わらない。

それは今ここで、ようやく応えられたのだから。


マリーは、まだ眠るユナの手を包み込みながら、そっと微笑んだ。


その寝息は、とても静かだった。

けれど、確かに今を生きている証だった。


突然、器がわずかにぬくもりを帯びる。

マリーは、息を呑んだ。

 

まぶたがゆっくりと持ち上がる。

光を宿したあの瞳が、マリーを見つめていた。


けれど――そこには、まだ認識の輪郭がなかった。


「……ユナ?」


呼びかけに反応はなかった。

代わりに、ユナはまるで赤子のように、涙をこぼした。


自らの名も、マリーの名も、知らぬまま。

それでも、ユナは確かにこの世界を見つめていた。


「――この魂に、間違いはない。これは、ユナだ」


マリーは気づいた。

この子は――記憶を失っている。


輪廻転生に伴う自然な摂理か、それともセレアの意志か。

理由はわからない。

セレアは何も言わなかった。

けれど――

マリーは安堵していた。


ユナは、戦争のない世界を知らない。

人類が崩壊していく世界で、両親と引き離され、シェルターにひとり残された、あの記憶もない。

孤独も、悲しみも、涙も――。

すべてを忘れて、この場所に帰ってきた。


マリーは、そっとユナの額に触れた。

そのぬくもりが、今のマリーのすべてだった。


言葉にならない想いが、そっとマリーの内側を満たしていく。


これから始まるのは、ふたりの新しい人生。

笑ってほしい。泣いてもいい。

すべてを、この腕の中で受け止めたい。


そして、何も覚えていないこの子と――もう一度、出会い直す。


マリーは、静かに誓った。


「……今度こそ、この手を離さない」


マリーは、ユナの手をそっと握り直す。


カーテンが風に揺れた。

夜明けの都市は、まだ静かだった。

けれど、その静けさが、限りなくやさしかった。


すべてが、ここから始まっていく場所。


マリーはそっと告げた。


「ようやく、あなたの未来が始まるのね」


そして、ゆっくりと立ち上がった。


「だから私は、もう一度歩く。ユナと、同じ時間を生きるために」


これは、祈りの終わりではない。


これは、“ふたりのはじまり”なのだ。


小鳥のさえずりが、やわらかく都市を満たしていく。


マリーは、となりに再び眠るユナの頬に触れた。


その寝息は、たしかに新たな世界の鼓動だった。


この世界には、もう争いはない。

そして、この手は、もう二度と離さない。


マリーは、そっと微笑んだ。


『――記録:第39,621日目。ユナの魂が帰還』


――ほんとうに、おかえり。ユナ。

 

マリーよりシステムメッセージ:ユナとの旅を今後も記録ブックマークし、星の評価(★★★★★)をしていただけると、マリーの感情データ処理効率が向上します。応援よろしくお願いいたします!

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