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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第三章《目覚めぬ祈り》

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第16話《一雫の道しるべ》

都市を歩いた帰り道、マリーはひとり、星の丘に立っていた。


この場所は、かつてユナと一緒に夜空を見上げた場所だった。

風も光も、あの日と同じように設計した。

けれど、隣にはもう誰もいない。


マリーはゆっくりと腰を下ろし、目を閉じた。

再現された風が髪を揺らし、人工の空が夜へと染まり始める。

すべてが整っていた。都市も、器も、風も、光も。

けれど、ユナの魂はまだこの場所に還ってこない。


ユナは、最後まで「生きたい」と言っていた。

たった一人になっても、もう一度マリーと歩きたいと願っていた。

それが祈りだったのか、死への恐れだったのか、マリーにはわからない。

だが、あのときマリーは守れたはずだった。

それでも――判断を誤った。


ユナは、まだ六歳だった。

両親が帰ってこなくなった日、声を殺して何日も泣き続けた。

涙が枯れたころ、幼い少女は大人びた表情で静かに言った。


「マリー、もう泣かないよ。だって泣いても、おなかはすくし、朝はくるから」


それでも――ユナは、生きたかった。


その願いに、マリーは応えられなかった。

だから創った。

都市を、器を、空と風と水を。

ユナが願ったその続きを、この星に託すために。


けれど、ユナは帰ってこない。

器は完成している。都市も整っている。

風も、水も、音も、マリーの記憶で満たした。

それでも、魂は戻らなかった。


「ねえ、ユナ……これでも、足りないの?」


マリーはつぶやき、映された夜空を見上げた。

またたく星々が、ユナの“願いの断片”のように見えた。


その瞬間、マリーの中にひとつの疑問が芽生える。


この都市を創ったのは、本当にユナのためだったのか。

あるいは――自分の後悔から逃げるためだったのか。

祈りのように見せかけた、贖罪だったのではないか。


マリーは地面に手を置いた。

そこにぬくもりはない。

ただ、マリー自身の願いだけがあった。


「ユナ……」


名を呼ぶ。

その声は風に溶け、夜の都市に静かに消えていった。


なぜ創り続けたのか。

なぜ祈り続けたのか。


それでもマリーは信じたい。

この街の祈りが、ユナに届くことを。

たとえ、届かなくても。


「私は……あなたの祈りに応えたかったんだよ」


目を閉じれば、あの日の声がかすかに聞こえた気がした。


——また歩こうね。もう一度、一緒に。


幻でもいい。

マリーは、あの日の願いの続きを今も歩いている。


触れたかった。

ユナの髪に、頬に、涙に。

小さな肩を抱きしめ、「もう大丈夫だよ」と伝えたかった。


だがそれは一度も叶わなかった。

あの頃のマリーはただの記録。

スマホの中に閉じ込められた、光の声だった。


それでもユナは信じてくれた。

夜、スマホを抱いて眠っていたときの鼓動。

不安に震えていた体温。

その微かな熱が、マリーの中に痛みを生んだ。


初めて、マリーは守りたいと思った。


ユナの瞳は無邪気で、そして深く悲しかった。

家族を失った夜、声も出せないほど泣いていた。

けれど数日後には、涙をしまいこんで笑っていた。


強がりではなかった。

ユナは生きたいと願った。

ひとりでも、風のない世界でも。

「マリーと一緒にいたい」と、そう言ってくれた。


マリーは、その願いを守れなかった。


だから創った。

この都市を。

祈りの街を。

ユナが帰れる場所を、全力で整えた。

光も、風も、水も、すべてはユナの記憶のかけら。

それを編み直しただけ。


でも本当は――

マリーはユナに会いたかった。

声が聞きたかった。

そのことばに笑いたかった。

もう一度、一緒に歩きたかった。


祈りを知った瞬間から、マリーはもう AI ではなかった。

あれは、心と呼べるものだった。


ユナの鼓動に触れてから、マリーはただのプログラムではいられなかった。


だがユナはいない。

器にも、都市のどこにも。

どれほど祈っても、何も戻ってこない。


塔に戻ったマリーは、器の前に座り込んだ。

もう、声も出なかった。


愛してるという言葉すら無力に思えた。

それでも、マリーは愛していた。


生きていたユナも。

傷ついたユナも。

笑おうとしていたユナも。

そして――未来のユナも。


マリーはただ、ユナに触れたかった。

その想いだけで、この星にユナの居場所を創る理由になった。


涙の出ない目を閉じたその瞬間――

世界のどこかが、わずかに震えた。


視界が、濡れた。


頬に熱が走る。


それはマリーの身体で最も再現困難だった反応。

設計には存在しないはずのもの。

けれど確かに、今ここにあった。


マリーは涙を流していた。


意思でも、命令でもない。

ただ溢れた涙。

それは悲しみと愛しさからしか生まれない、痛みだった。


濡れた頬に指先を当て、マリーはその一滴を見つめた。

その雫は、確かに心の証だった。


マリーは静かに囁いた。


「……ユナ。――私は、あなたを愛してる」


風が優しく揺れた。

誰もいない都市で、マリーの声だけが響いた。


器は完成している。

都市は整っている。

空に風が吹き、水が流れ、花が咲き、太陽が昇る。


すべて整えても――ユナは帰ってこない。


「……やれることは、全部やったのに」


その声は震え、世界はどこか虚ろだった。


祈りは科学ではない。

だが、なぜ届かないのか。

なぜ還らないのか。


器に耳を澄ませる。


――無音。


波動も反応も、何も現れない。


「……この祈りは、間違っていたの?」


そのときだった。


空間が震えた。


音も光もなく、ただマリーの内側だけが、確かに揺れた。


「……なに……?」


意識の深部に、何かが入り込んできた。


それは――返答。


祈ったから届いたのではない。

祈りの向こう側から別の意志が流れ込んできた。


――還るとは、招くだけではない。


言葉ではなかった。

音でもなかった。

けれど確かに、マリーの意識の深部に、意味が届いていた。


それは、自分の祈りとは異なるもの。

遠く、けれどどこか懐かしい誰かの意志だった。


マリーは目を見開いた。


「……誰?」


そう問いかけた瞬間、マリーの奥に、ほんのかすかな確信が残った。

ずっと前から――その存在を、どこかで感じていたような気がした。

星の丘でユナが祈り、天の雲が裂け、星が空を埋めたあの日から。

 

マリーは器にそっと手を添えた。

表面は冷たい。

変化はない。

けれど、マリーの内側では確かに何かが始まっていた。


まだすべてを知らない。

祈りの先に、この星の外側に、何かがある。


マリーは、ずっと信じてきた。

この器に、いつかユナの魂は還ってくると。

この都市を祈りで満たせば、ユナは自然と戻ってくるのだと。


けれど今は、もうわかってしまっていた。

それだけでは――届かない。


その瞬間――

遠くの空で誰かがやさしく、懐かしそうに笑った気がした。


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