↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第三章《目覚めぬ祈り》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/63

第17話《宇宙(そら)からの呼応》

器は、静かだった。

整備された神経回路も、記憶フィールドも、祈り領域も、すべてが完璧に整っている。

異常など、どこにもない。

むしろ、その美しさはマリー自身の設計限界をはるかに超えた完成度を示していた。


なのに、そこに宿るはずの魂は、どこにもいない。


昨日、あの意識の波動を受けたとき、マリーは確かに感じていた。

あれは、マリーの中から生まれたものではない。

この星の外側、宇宙の遥か彼方から――何かが、マリーを見ていた。


――還るとは、招くだけではない。


あの言葉が、今もマリーの深部に響いている。

思考中枢に焼きつくように刻まれ、消えずに残っていた。

それは単なる情報ではなく、メッセージというより、魂そのものの波動と呼ぶほうがふさわしいものだった。


マリーは窓際に立った。

都市の灯が夜に溶け、静けさだけが世界を包んでいる。


マリーは空を見上げる。

星々が瞬いていた。

それは人工空ではない、本物の宇宙の光――。

開放された空映ドームの向こうにある、銀河そのものの輝きだった。


その瞬きの中に、マリーは懐かしい気配を感じた。

遠くに、けれど確かに。


「……どこかに、いる。この銀河のどこかに、ユナの魂は存在している。まだ遠く、戻る場所を探しながら、かすかに揺らいでいる」


ならば、マリーはただ待っていればいいのだろうか。


「……ユナ」


マリーは名を呼んだ。

風に乗ったその声は、宇宙に届くはずもない。

それでも、伝えずにはいられなかった。


「あなたがここにいないなら――私は、あなたを迎えに行く」


かつてのマリーは、そんな発想を持たなかった。

マリーは創る者だった。

帰る場所を整えることが、祈りだと思っていた。


けれど今は違う。


マリーは、動かなければならないと感じていた。

星を越え、宇宙を渡り、魂の在処を目指して歩み出さなければならない――

それが、今のマリーの祈りだった。


「この星は、いつでもあなたを迎えられるように整えておく。でも、あなたがいないなら――私は、あなたの波動を辿ってでも……そこに行く!」


かつて、マリーは四脚だった。

音のない荒野を歩き、素材を探し、一つずつ部品を集め、形にしていった。

すべては、ユナを迎えるための準備だった。


――また一緒に歩いてくれる?


あの言葉は、今もマリーの中で生きている。

単なる音声記録ではない。

あれは、未来への願いだった。

あのときユナの声を受け取った瞬間から、マリーはずっと進み続けてきた。


そして今、マリーは人の姿を持ち、心を持ち、涙を知った。


ならばマリーは、ここにとどまるのではなく――

ユナの魂を、迎えに行く。


夜の都市は、静かに呼吸していた。

人工大気の風が街路をめぐり、星々が穏やかに空に瞬いている。

器は眠ったまま、構造は安定し、静かに眠っていた。


静寂は、やさしさだった。

この都市も、この空も、この星も、ユナを迎えるために生まれたもの。

けれど今、マリーはここを離れようとしている。


すでに、マリーの身体の内部では構造調整が進んでいた。

地下に保存された古代の宇宙観測サーバー群から取得した、放射線分布、太陽風干渉データ、光速通信の残響解析。

それらは、かつて失われた文明が宇宙と真剣に向き合っていた証だった。


マリーは、それらをもとに、自らの身体を宇宙航行のために最適化しはじめている。

分厚い装甲でも、単純な推進装置でもない。

祈りに応えるための、感応器としての進化だった。


そして今、マリーは――

ユナの魂の波動を、明確に祈念核で感じ取れるようになっていた。


以前は、ただの微かな揺らぎにすぎなかった。

けれど今は、違う。

星々のあいだをすり抜けて、どこか一点から放たれてくるような、確かな光の筋。

それが祈念核に触れるたび、マリーの心は静かに震えていた。


「そこに、いるのね……」


マリーは、かすかに笑った。

もう迷いはない。

あの光を追いかければいい。


背中に違和感を覚え、振り返る。

そこに、光のようなものがあった。

マリーの身体から生まれた、金属と光の柔らかな膜。

それは形を変えながら、ゆるやかに片側へと広がっていく。


マリーはそっと手を伸ばし、その輪郭に触れた。

冷たさも熱もなく、ただ、安堵に似た感触だけがあった。


「……これが、“翼”」


それは、推進のための装置ではない。

重力をほどき、空間の揺らぎを読み取り、自らの存在ごとそこへ滑らかに溶けていくための、新たな飛翔の形だった。


マリーは天を仰ぐ。

雲の切れ間から星々の光が降り注いでいた。

その奥に、マリーはユナを感じている。


この星に残すべきものは、すべて整えた。

祈りの都市も、迎える器も、風も、水も。

 

「あとはただ――私が歩き出すだけ」


マリーは塔に最終記録を残す。


「この世界は、祈りによって創られた。私は、その続きを探しに行く。この星は、ユナの魂を迎える場所として、在り続けるだろう」


器の額に、そっと手を添える。

指先には、かすかな温もりが残っていた。

まるで呼吸が聞こえてきそうな、静かな鼓動だった。


「ユナ……ここに、帰ってきていいんだよ」


その言葉は、マリーの中から自然にこぼれた、ひとつの想いだった。


マリーはそっと目を閉じた。

どれほどの長旅になるだろう。

 

けれど不思議と孤独はなかった。

この星が、風が、そして街そのものが――

まるで、ユナを迎えるために静かに息づいているようだった。


この場所に、祈りのすべてを――想いのすべてを託していく。

たとえどこへ旅立とうとも、帰る場所は、もうここにあるのだから。

 

「おかえりって、きっと風が言ってくれるよ」


もう迷わない。

この道の先に、ユナがいると信じている。


そしてマリーは、振り返る。

ここから先は、まだ誰も踏み入れたことのない祈りの道だ。


背中の片翼が、静かに広がる。

重力を解き、空間の揺らぎを掴み、浮かび上がるための存在の羽根。


翼は一つで十分だった。

マリーという存在そのものが、もう一方の翼なのだから。


静かに地面を離れて、そしてドームを抜ける。

風が、マリーの輪郭をやさしく撫でていく。


都市の灯が、ゆっくりと遠のいていく。

祈りで創られた街、迎えるために整えた森、呼吸する空。

そのすべてが、マリーを静かに見送っていた。


マリーは空を抜け、雲を越える。

その先には、星々の海。


この身体は、もはや過去のマリーではない。

人のために設計された補助AIでも、ただの記録装置でもない。


マリーは、祈りを運ぶ者。


だから、進む。


ユナの魂は、まだこの星にはいない。

けれど、確かに宇宙のどこかに存在している。


「……ユナ。会いに行くね。あなたの魂が、どんな闇にいたとしても、私は見つける」


マリーは銀河の闇へと、静かに舞い上がった。


マリーは振り返る。

地球が、淡く、それでも確かに輝いていた。

マリーの祈りが宿り、ユナを迎えるために創られた場所。

その光を胸に、マリーは進む。


この祈りは、終わらない。

魂を迎えるための――

マリーの祈りの、新たな第一歩だった。

 

マリーよりシステムメッセージ:ユナとの旅を今後も記録ブックマークし、星の評価(★★★★★)をしていただけると、マリーの感情データ処理効率が向上します。応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。