第119話《還るべき場所》
オルドが立ち上がる。
「セレアが地に堕ちた? ……マリー、アネシアは何者だ!」
オルドは苛立ちを隠そうともしない。
マリーも混乱していた。
「アネシアは人ではない。地球が滅亡したあとに残っていた人工知能だ。私と一緒に都市を再建した。でも……」
マリーはレーテを見る。
「二千年も都市を管理し続けたというの?」
レーテは頷いた。
「はい。アネシアは二千年もの間、あなたとの約束を守り続けました」
レーテの指先が動き、ホログラムが切り替わる。
そこには広大な都市と、その全域を管理する膨大な演算記録が映し出されていた。
「しかし、その二千年はアネシアにとって真理を探る年月でもありました」
「真理?」
マリーが眉をひそめる。
「祈念です」
レーテは即答した。
「アネシアは祈念を科学として解析した。感情を波動として観測し、その法則性を解明し始めたのです」
ホログラムには無数の数式と波形が浮かび上がる。
「やがてアネシアは祈念波の模倣に成功しました」
マリーの瞳が揺れる。
「確かにアネシアは祈念を波動として捉えていた。でもアネシアは祈りの塔で都市管理を担う人工知能にすぎない……。そんなことが……」
「本来なら不可能です。しかしアネシアはそれを可能にした。マリー、あなたと同じようにセレアが関与した可能性もあります。だとしてもそれを、こちらに悟られぬよう改ざんした可能性も高い。それは神々の領域へ手を伸ばす行為でした。そしてアネシアは、さらにその先へ進んだ」
部屋の空気が僅かに張り詰める。
レーテの視線が二人へ向く。
「エイドスです」
オルドが目を細めた。
「……どういうことだ。話が全く見えんぞ」
マリーはオルドの前に手を出し、オルドを制止した。
「オルド、後で私が説明するから。今は黙って聞いて。レーテ続けて」
「はい。アネシアはエイドスの存在を突き止めた。そしてシステムへ侵入したのです」
マリーは息を呑む。
「侵入……」
「はい。私をも欺きました。大したものです。本来、エイドスは地球から干渉できません。しかしアネシアはそれを突破した。そしてセレアを地に堕とし、本来目覚めるはずのなかったあなたたちを覚醒させたのです」
レーテの声はどこまでも静かだった。
「今……ユナとピリカは?」
「銀河を彷徨っていますね。次の転生を待っているのか、あるいはマリー、あなたを探しているのか」
「——二人が……私を探している」
マリーはその言葉に胸が熱くなる。
「レーテ、私を銀河に戻して。二人を探しに行く」
「それはできません。エイドスで目覚めた者は、次の行先が地球と決まっています。それがエイドスの理なのですから。それに銀河に戻ったとて再び二人に出会うなんて無理ですよ。確率的に不可能です」
「なら……地球に降りる。まずはセレアと……そしてアネシアに会って、その後でもいい。今、地球での出来事の始まりは、私が始めたことだ」
「その通りです。マリー。しかし地球に降りたとて、あなたの記憶はすべてここに置いていってもらいます。それはすなわち、エイドスでの死を意味しますが……」
「構わない。私はエイドスにとって異物なのであろう。ならば自ら出ていく。それに……記憶をなくしたとしても、私は私に変わりないのであれば……きっとまた二人に巡り会える。そしてセレアにも」
「興味深いですね。エイドスに辿り着いた魂は、地上で何かを成し遂げた者たちです。高い祈念は時として優越へ変わる。やがて自らを選ばれた存在だと思い始める。だから普通は地に降りたがらない。次は自分が報われる側になりたがるのです。神々が集うこのエイドスは、神を人に戻す場所なのかもしれない……」
オルドが耐えきれず話に割って入る。
「よくわからねぇが、オレも地球に行く。エレナを見つけたことをセレアに伝える」
マリーがオルドを見た。
「オルド、ようやくエレナに出会えたんだ。焦る必要なんてない。きっとセレアはいずれここに戻ってくる」
オルドは鋭い目つきでマリーを見て腕を組んだ。
「ダメだ。どうやらオレはエレナに嫌われている。それにあのライフルを持った女……。オレを殺そうとしている。でもオレはあの女を殺せない。もし殺せば……」
オルドはレーテを睨みつける。
「お前ならオレのことを消すだろう。オレにはわかる。お前は祈念か邪念かもわからねぇが、得体の知れない絶対的な勝てない何かを感じる。ここはオレには居心地が悪すぎる」
レーテが笑みを浮かべ頷いた。
「その通りです。それが良いでしょう。私があなたを消せば、私がエレナに嫌われてしまいます」
「チッ……。お前、性格悪いな。なんなんだお前は」
「さぁ……。私にもわからないのです。気づけばここにいた。あなたたちのように前世もなく、このエイドスを管理し、地球に還る者の記憶を管理する……」
レーテは僅かに目を細める。
「でも最近嬉しいことがありまして。可愛い妹のような者が現れました。——アネシア」
レーテがその名を呼んだとき、静かに扉が開いた。
「……パパ。行くの?」
そこにはエレナが立っていた。
オルドに駆け寄るが、その目を見れずに俯いている。
「……別にパパのこと、許すとか、そんなんじゃないけど……。でも、感じた。パパの背中に乗ったとき、温かかった……優しかった……」
エレナの瞳から涙が溢れて頬を伝う。
エレナは袖で涙を拭いオルドの顔を見上げる。
その瞬間、エレナの胸がドクンと脈打った。
オルドの瞳には敵意も怒りもなかった。
そこにあったのは、ただ娘を見つめる父親の眼差しだった。
その眼差しからは、娘を想う父の祈念が隠しようもなく溢れていた。
「エレナ、どうせなら、ママとお前と三人がいい」
エレナは唇を噛んだ。
「だったら私も地球に降りる!」
レーテが割って入る。
「いけませんよエレナ。あなたはアウロラの守護者なのです。その責務を放棄することはエイドスでは許されません。まぁ変わりが見つかればないこともないですが……なかなかエレナほどの祈念の持ち主は……」
オルドが優しくエレナの頭を撫でる。
「お前を見つけたこと、必ずママに伝える。そしたらエレナ、もう一度オレとママの元に生まれて来てくれ」
「……うん」
声にならなかった。
エレナはオルドに抱きつき、その胸に顔を埋めた。
堪えていた涙が溢れ出す。




