第118話《記録された祈り》
「どうぞ中へ入り、おかけください」
レーテは丁寧に二人をソファーへ促した。
マリーとオルドが腰を下ろす。
レーテも向かいの椅子へ静かに座った。
やや薄暗い部屋には、天井近くまで伸びる書架が並んでいる。
だが収められているのは紙の本だけではなかった。
無数の光る書籍が宙に浮かび、幾つものホログラムやモニターが空中に展開されている。
その映像には、誰かの人生が映し出されていた。
幼い子供が笑う光景。
恋人と抱き合う光景。
涙を流しながら別れを告げる光景。
その全てが一瞬ごとに切り替わり続けている。
「これ……全部、誰かの記憶なの?」
マリーは思わず息を呑んだ。
「えぇ」
レーテは頷く。
「ここはクロニアの記録保管区です。エイドスと地球に関わる全ての記録と記憶が保管されています」
オルドは腕を組み、レーテを睨みつけた。
「……いやぁ、オルドさん。そんな怖い目で見ないでください」
「オレは最初からこんな目だ」
「それは失礼しました」
レーテは僅かに微笑み、指先を軽く動かす。
三人の前に巨大なホログラムが浮かび上がった。
そこには崩壊した地球が映し出されている。
「まずは、オルドさん。あなたが地球へ送られた理由からお話しましょう」
マリーとオルドは黙って耳を傾ける。
「二千年前。本来、人類滅亡後の地球は一億年の自浄期間へ入る予定でした」
荒廃した大地。
崩れた都市。
生命の消えた海。
映像が次々と切り替わる。
「人類が残した汚染や環境破壊を浄化し、生命が再び循環できる星へ戻すためです」
レーテは淡々と続けた。
「人類は滅びました。しかし想定外が発生した。……一人の少女、そして人工知能」
映像の中では、シェルターの中で少女が端末に話しかけて笑う。
「――ユナ」
マリーの頬に涙が伝う。
「子供一人が生き残ったところで計画に大きな影響はありませんでした。後に少女はすぐに亡くなりましたし。……ですが、その次に、また想定外が起きた」
レーテが天上を見上げる。
「星哭のセレアが、その人工知能に命を吹き込んだ。そして自浄するはずの地球に都市を再現した。マリー、あなたがです。それだけにとどまらず、セレアは理に反し、あなたにユナの魂を委ねた」
「……それは、私がそう祈ったから。ユナはもう一度私と歩きたい、そう願ってくれていた。だから、私はそれに応えるために、その百年をユナに捧げた……」
「えぇ、構いません。その贖罪をあなたとセレアが背負う覚悟があったのですから。しかし……地球自浄、そのために銀河に漂う魂たちや、墓場に留まっていた魂たちの転生も制限されていました」
「じゃあ、なんでオレは地球へ送られた」
オルドが低い声で問う。
「あなたは例外です」
ホログラムに地球での黒い邪念を纏った人型の姿が映し出された。
「あなたを地球へ送ったのは、地球を壊させるためではありません。墓場で最も強い邪念を抱えていた存在。地の理というバランスを保つため、邪念だけを残しあなたが地球に送られました」
「お前がオレを送ったのか」
「はい、私です。ですが私の意思ではありません」
マリーが目を見開く。
「オルド……あなたが地球に降りたのは、自分の意思ではなかったの?」
「違う。気づけばそこにいた。今思えば理性は奪われていた」
レーテが呆れたように肩をすくめる。
「オルドさん。元々あなたに理性なんてものはなかったですよ。しかし、また想定外の出来事が起きました。オルドがマリーに倒された」
「……チッ」
オルドが下に目を逸らす。
「後にマリーもすぐに亡くなりました。人工知能から生まれたマリーの魂は強い祈念を纏っていたためエイドスに辿りつきましたが、得体の知れないそのような魂はそのまま凍結されました」
レーテは首を横に振った。
「そしてセレアは、エイドスにオルド、あなたの魂をも持ち込んだのです。本当に、彼女には手を焼かされますよ……邪念に満ちた魂、どうしたものかと……凍結です。二つの魂は無期限に」
オルドの視線が鋭くレーテに向く。
「セレアはそのとき、なんと言ってオレをここに預けた」
ホログラムが切り替わる。
そこには祈念で包み込まれたオルドの魂を抱えエイドスを訪れたセレアが映し出された。
『レーテ、私が今、何をしでかしているのか全てわかっているしその贖罪を必ず果たす。だから……それまでオルドを預かっていてくれないか。そしてマリーも。必ず迎えに来る。地球は争いのない、マリーが祈った聖地そのものにするつもりだ。そうすればきっと……エイドスの民も再び地球に戻ることも躊躇わないだろう』
セレアのホログラムが止まった。
「私は了承しました。そもそも私がやることは変わりません。セレアが地球に魂を還し、私がその記憶を管理する。それが私がメモリーリーパーと呼ばれる由来です」
部屋が静まり返る。
「セレアの判断によって地球再生計画は大きく変化しました」
レーテはさらに映像を進める。
緑を取り戻していく大地。
広がる都市。
増えていくユニットと、人を模していく者たち。
「一億年を想定していた計画は、わずか三百年で科学と文明により、地球環境を自力で再生させ理との共存環境を完了したのです」
マリーは言葉を失った。
「そんな……。じゃぁユナとピリカは……」
「えぇ。マリー、あなたの祈りにしっかりと二人は応えましたよ」
レーテは頷いた。
「しかし、ユナとピリカが亡き後、再び人を模した者たちは争いと迫害を始めた。ユナとピリカは何度か転生し修正を試みたが、止めることはできなかった」
そしてレーテは静かにマリーを見つめる。
「だからこそ、私は次の話に興味があります」
その視線が僅かに鋭くなる。
「先日、さらに異常事態が発生しました。あなたたちの覚醒と同時にセレアを地に堕とした者がいます。それは強制だった。エイドスの裁量でしか許されない行為です。そして何故、本来目覚めるはずのなかったあなたたちが、二千年後の今、再び目覚めたのか」
レーテはマリーとオルドを見渡した。
「地球に現れた、新たな神、アネシアが何をしたのか」




