第114話《父と娘》
――翌日。
マリーとオルドはアウロラ地区にいた。
全身機構が中心のマリーと、くたびれた服のオルドはその都市の中で浮いて見えた。
「オルド、離れないで。あなたの邪念、抑えきれてない。私から離れればきっとすぐ気付かれる」
「わかってる……」
オルドはすれ違う住人たちと目が合えば、向こうが逸らすまでその視線を外さない。
住人たちは足早に通り過ぎていく。
「オルド、その目どうにかならないの? この都市の住人の祈念波……皆すごく強い。神々の都市と言われるのが理解できる。今バレるとあなたを守りきれない。とにかくその目つき、やめて」
「オレ以外の者は皆オレの敵だ。皆オレを忌み嫌う。……セレア以外」
「面倒な性格ね。でも、今は私もあなたの味方でいる。ユナに手を出さない限り」
「あの地はそういう場所だ。何かを得れば何かを失う。愛を知れば憎しみも知る。そうやって均衡を保っている。墓場に堕とされた者は、その負の役目を担わされているだけだ」
マリーは足を止める。
「――役目? 誰がそんな役目を?」
「そんなことは知らない。だが、エイドスにそれはいると思っている」
「……そう」
その時、人波の中から駆け寄る足音がした。
「マリー!」
息を切らしたエレナが立ち止まる。
「良かった……無事だったのね」
「エレナ。ちょうど良かった。あなたを探していたの」
オルドは無言のまま、マリーの後ろへ半歩下がる。
エレナは少しだけ表情を曇らせる。
「マリー。あの時、どうして邪龍を守ったの?」
マリーはそっとエレナの手を取った。
「エレナ。オルドは、かつてあなたの父親だった人。母親はセレアなのでしょう? セレアとオルドはあなたを探していた。やっとあなたを見つけたの。私はセレアに恩もある。それにオルドにはセレアの祈念の加護がある。……きっと、それはオルドを守りたいというセレアの願いだ」
エレナは目を伏せた。
「でも……。パパは悪い人だった。あの頃、私たちは人から盗み、奪い傷つけて生きていた。私は小さかったからそれが悪いかもわからなかった。でも、そんな生き方……必ず報いが来る」
エレナの瞳から涙が溢れる。
「だから私が攫われて。助けに来たパパは……私の目の前で殺された。私は十六の時に、私を攫った山賊から逃げて、行くあてもなく行き倒れた。そして……ママより先に死んだ」
マリーの脳裏に、かつてセレアと邂逅したときに、銀河で見せられた魂を灼くような記憶。
そして、地球でオルドが最後にマリーに見せた記憶の侵食が蘇る。
エレナは声を振るわせた。
「死んだあと……空から見てた。ママはそれでも私を探し、最後に命を絶った。ママが亡くなって、ようやくママに会えると思ったのに……。次に目覚めたらこの都市にいた。マリー、今のあなたと同じ」
「そう……。この都市の住人の祈念は皆、神のようだ。その中でも、あなたやルナは別格だ。あなたはセレアの子だ。祈念が高い者がこの地、エイドスに還される。その認識で合ってる?」
「……ええ、概ねは。でもエイドスに辿り着ける魂なんてほんの一握り。ほとんどの魂は銀河を漂い、また次の生へ向かう」
「そうなのね……。ありがとう、エレナ……」
マリーは少しだけ声を落とした。
「あなたは……オルドを憎んでいるの?」
一瞬間を置き、エレナは小さく答えた。
「……少し」
マリーの後ろで背を向けていたオルドが、その言葉を聞いて肩がぴくりと動いた。
「ところでマリー。後ろにいる汚い男の人は誰?」
「き……汚い!?」
オルドの身体が強張る。
振り返りざまに、オルドの鋭い視線がエレナに向けられた。
「あ……彼は」
マリーが答える前に、エレナが気づいた。
「――パパ?」
エレナが一歩後ずさる。
「邪龍じゃない……。でも本質は変わらない。パパの中に何か悪いものが蠢いている……」
それを聞いたオルドの目からは鋭さが消え、少し悲しげな目をした。
オルドの感情の波がマリーの背に伝わる。
それは邪龍のときだった怒りや憎しみではなく、悲愴そのものだった。
「エレナ。それは否定しない。だとしても、オルドは目覚めて真っ先にあなたを感じ、あなたへと向かってきた。拒絶はより深い悲しみになり、それがまた……オルドの怒りや憎しみの根源となってしまうんだ」
「……でも」
戸惑うエレナにオルドがようやく口を開いた。
「マリー……もういい。オレは墓場に堕ちた身だ。エレナは見つけた。セレアもきっと……オレもそれだけで十分だ。これ以上この子に悲しい過去を思い出させないでくれ。オレはこの子のそばにいるべき存在では……ない」
オルドの言葉にエレナが拳を握る。
その拳は小さく震えた。
「そうよ! パパが私とママを置いて先に死ぬから! だからママも私もあんな生き方しかできなかった……。全部パパのせい!」
エレナは後退り、そのまま背を向け人並みへと走り出した。
マリーが手を延ばす。
「――エレナ! 待って!」
そのとき、地が大きく揺れ地響きが鳴り響いた。
アウロラの住人たちの悲鳴が街に響く。
次の瞬間、地をすり抜けるように複数の黒い邪龍が空へと舞い上がった。
エレナは立ち止まり空を見上げる。
「――邪龍!? しかも四体も……」
マリーは即座に振り返りオルドを確認する。
「オルド……じゃない?」
オルドも空を見上げ邪龍たちを凝視している。
「良かった……。オルド、あの邪龍、あなたかと思った」
「ふざけるな。オレはもうあの子の前で、あんな醜い姿にはならん」
空を旋回する邪龍たちは、エレナでもマリーでもなく、オルドを見ていた。




