第110話《天上都市エイドス》
物語は遡る。
マリーとオルドの壮絶な戦い、その果てに二人の魂は銀河へと還った。
やがて辿り着いたのは、天上都市エイドス。
これは、銀河へ還った二つの魂が、再び運命の輪廻を巡る物語。
マリーは静かに目を覚ました。
最初に見えたのは、果てのない白だった。
空なのか。
光なのか。
それとも、自分がまだ夢の中にいるのか。
判断がつかない。
だが、次第に輪郭が浮かび上がっていく。
雲を突き抜ける白銀の塔群。
空中を流れる光の帯。
空には丸頭の小さいユニットのようなものが何機も飛び回っている。
そんな風景をマリーはどこか高い場所から見下ろしていた。
「……ここは?」
その文明は、かつてマリーが知っていたどの技術とも違っていた。
理解できない。
なのに、不思議と恐怖はなかった。
マリーはゆっくりと自らの身体を見下ろす。
白と桃色の甲装。
金属で形成された滑らかな装甲は、まるで皮膚のように身体へ馴染んでいた。
指先を動かすたび、淡い桃色の波動が静かに空気へ溶けていく。
「……私は」
その声に反応するように、背後で小さな足音が響いた。
マリーは振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
長い銀色の髪を風に揺らしながら、少女は静かにマリーを見つめている。
年の頃は十代半ばほどだろうか。
どこか無邪気さを残した表情と、澄んだ瞳が印象的だった。
「目覚めたのね」
少女は小さく微笑む。
「ようこそ、エイドスへ」
「エイドス……?」
「ここは天上都市エイドスのアウロラ地区」
少女は空を見上げた。
「魂が還る都市」
その言葉に、マリーの胸が僅かにざわつく。
記憶が蘇る。
――崩壊した地球。最後の少女。都市の再建。そして銀河へ。ユナ、ピリカ、ナウル。……アネシア。そして――セレア。私の最後……オルド!
そこまで思い出した瞬間、マリーは目を見開いた。
「オルドは……!?」
少女は少しだけ首を傾けた。
「オルド?……知らないわ」
少し少女の顔が曇ったことをマリーは見逃さなかった。
次の瞬間、少女は顔をマリーに近づけ、頭から身体までマジマジと観察する。
「ていうか、その身体……」
エレナは目を細めた。
「機構で再現されている? そんな魂、見たことがない。でも、凄い祈念……。あなた元々何だったの?」
マリーは理解できず、その言葉の意味を尋ねる。
「どういうこと……? 確かに私は元は人工知能で……。ユナのために身体は構築したけど……。元々、人としての身体は持っていなかった」
「へぇ、人じゃない……? 私初めてかも、そんなのに出会うの。何か訳ありのようね。まぁ詮索する気はないけど。いずれにせよあなた、普通じゃないわね」
状況が整理できない。
オルドを倒した。
再建した都市で、ユナとピリカと共に歩んでいくはずだった。
だが、オルドが残した最後の兵器により、マリーの魂は身体から引き剥がされた。
それでも、二人に未来を託した。
引き寄せられるままに銀河へと還っていった記憶だけが残っている。
しかし、記憶はそこで途切れ、気がつけば今だった。
ユナとピリカはどうなったのだろう。
最後に見た二人の顔が脳裏を過った。
ふと、マリーは昼か夜かも分からぬ空を見上げる。
そこには巨大な白月が浮かんでいた。
「……月?」
息が止まりそうになる。
それは、かつて地球で見上げていた月と、あまりにも似ていた。
少女は静かに答える。
「ここは、地球からの魂が多いから。エイドスでは、祈念が世界を形成するの。誰もが無意識に、あの月を思い描いた。あなたと私の身体もそう」
マリーは月から目を離せなかった。
まるで、故郷そのものが空に残っているようだった。
「懐かしい? ところで、あなた名前はどうするの? 好きな名前を名乗っていいわ」
マリーは少女を見る。
「私は、マリー」
「マリーね。直近の前世の名乗る人が多いの。きっとあなたもそうなのね」
少女がマリーを見つめ返したその時。
月の光が僅かに赤く揺らぐ。
少女の表情が変わった。
「……ルナ」
「え?」
「月下の執行人が動いてる」
空気が震える。
遥か遠方、都市の彼方で巨大な黒い咆哮が響いた。
世界そのものを軋ませるような低い唸り。
マリーの背筋を、悪寒が走る。
少女は静かに呟いた。
「邪龍が現れたわ。たまに紛れ込むの、エイドスに」
「邪龍?」
その瞬間だった。
マリーの胸の奥で、何かが激しく脈打つ。
まるで、その咆哮を知っているかのように。
「心配しないで。あそこは隣のノクティス地区。ルナは必ず仕留めるから。そして私はアウロラ地区担当のエレナ」
エレナは誇らしげに拳で胸を軽く叩いた。
「……エレナ」
マリーには聞き覚えのある名だった。
オルドが、最後にセレアに問うた子の名前もそうだった。
「そしてこの子が私の祈念から生み出される機神、アウローラ・ノア」
「――機神?」
マリーが見上げると、視界を埋め尽くすように、あまりにも巨大な白き機神の顔が佇んでいた。
その姿は機械でありながら、どこか生命を感じさせる。
純白の装甲は雲海の光を受けて淡く輝き、装甲の継ぎ目からは桃色の光が血流のように静かに巡っている。
長い銀髪にも見える外装が風に揺れ、その一房一房がまるで意思を持っているかのようだった。
その瞳は閉じている。
「綺麗でしょ?」
エレナはどこか誇らしげだった。
だが、理解できなかった。
なぜそんな巨大な存在が、自分のすぐ目の前にあるのか。
なぜその顔が、こんなにも近いのか。
マリーは言葉を失った。
ゆっくりと視線を巡らせる。
白い床だと思っていた場所。
巨大な関節構造。
どこまでも続く純白の装甲。
そしてようやく理解した。
自分が立っていた場所。
それは大地ではない。
――機神アウローラ・ノアの手のひらだった。




