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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十六章《Repeating Prayer》

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第109話《Repeating Prayer》

――一年後。


星の丘の麓。


小さな家の中で、エリカは深くため息をついた。


向かいのソファーでは、アストレアの女王マリアスが優雅に珈琲を飲んでいる。


「マリアス……お前はここへ来すぎた。アストレアは大丈夫なのか」


マリアスは涼しい顔で答えた。


「問題ない。祈念種は支え合う。私がいなくとも、小さな問題くらい皆で解決する」


「いや、私は静かに暮らしたいと……」


言いかけた、その時だった。


バサァッ!!

空を大きな翼が切り裂く音。


エリカは頭を抱える。


「……また来たのか。昨日も来ただろう」


窓を開け、空を見上げる。


そこにはソルフェへ乗り、少し成長したナギとルカが空を旋回していた。


ナギは窓際のエリカを見つけ、大きく手を振る。


「エリカー! クレープ作ってみたのー!」


ルカも嬉しそうにレンズを光らせる。


「オイシイヨー!」


エリカは呆れ顔だった。


「昨日はクッキーを焼いたと言って来ていたぞ……」


コンコン。

今度は玄関だった。


「次は何だ……」


扉を開ける。

そこには手提げ袋を両手いっぱい抱えたイエル。


「エリカ! 見てくれ! 都市外殻でネオスと祈念種が一緒に育てた野菜だ!」


「……量を考えろ、イエル」


その時だった。

丘の上から遠吠え。


「ウォォォォン!」


そして猛スピードで駆けてくる白銀の狼。

背中にはカイ。


「エリカー!」


「また増えた……」


「今日は遠くの山まで行ってみたんだ。見てよ、野生のカモ! これ全部ヨウルが獲ったんだ。きっとマリアスも喜ぶぞ!」

 

カイはそこで部屋の中を覗いた。

 

「……って、マリアスも来てたんだ」


エリカが顔を覆った。


「まぁ……みんな、入れ」


イエルは当然のようにキッチンへ向かった。


「材料は揃った。あとは僕に任せてくれ」


ナギが興味深そうにイエルを観察する。


「なんだナギ、心配なのか? 任せろ。僕はまだ孤児院で子供たちの食事を担当しているんだ」


マリアスは変わらず珈琲の香りを楽しんでいる。


ルカとヨウルは激しくリビングで戯れ合う。


「こら! お前たち、この家を壊す気か! それは外でやれ!」


エリカの怒鳴り声に、一機と一匹は外へ駆け出して行く。


マリアスがナギに話しかける。


「ナギ、今日の夕食は丘に行って、オルガのところで皆で食べよう。オルガに手向ける花を積んできてくれないか。……ノエルの分も」


「うん!」


「カイ、ナギを手伝ってやってくれ」


「わかった。ナギ、行こうか」


ナギはカイの手を引き、丘の花畑へと向かう。

二人の足音が遠ざかる。

 

気づけば部屋は静かになった。

エリカは、ふと窓の外へ目を向ける。


「平和だ……。アネシアは、私がこの地に堕ちたことを贖罪と言っていた。罪は……償えたのだろうか」


マリアスがそっとエリカの後ろ姿に声をかける。


「皆、何もかも忘れてこの地へ降りた。知らぬ罪は償えない。だから前を向くしかない。皆が笑って過ごせる世界。ただそれを夢見て行動するだけでもう十分だ。それしかできないのだから」


「そうだな……まずは皆が笑って暮らせる国にしてくれ。私は、もう働かん」


マリアスはふと笑う。


「わかってる。でも何かあれば力を貸してくれ。ルミエルの女神、エリカ」


「もう、その呼び方はやめろ」

 

イエルは慣れた手つきで次々と料理を仕上げていく。


「マリアス、都市再建のための資材が不足している。運搬ユニットはこちらで手配するから、アストレアからの輸入量を増やしてくれないか」


「あぁ、ルカに話しておくよ。それに、もうすぐ都市とアストレアを繋ぐ鉄道も完成する」


ルカは今や都市とアストレアを行き来し、復興の連絡役まで務めていた。


イエルが手を止めて目を輝かす。

 

「旧文明の運搬技術。あれはすごい。煙を吐きながら、騒がしく、無駄に音も大きい。しかし力強く前へ進む。子供たちが目を輝かせて見ていた」


マリアスが天井を見る。


「まるで、誰かみたいだな」


エリカが笑う。


「あぁ、アイツみたいだ」


エリカの住む小さな家には、この間まで想像もできなかった穏やかな時間が流れていた。

笑い声があった。

誰かを叱る声があった。

誰かを想う声があった。


二千年。

長すぎるほどの時間を越えて。

ようやくここへ辿り着いたのかもしれない。

還っていった者たちが願った場所へ。


夕暮れ色に染まり始めた星の丘。


銀白色の記念碑の傍ら。

二つ並ぶ墓標の前へ、イエルが料理を並べていく。


ナギが花を置いた。

カイは大きな鍋を運び、ルカは何度も皿を落としかける。

ヨウルはその横で座っている。


イエルは二枚の皿へ料理を盛り付けた。


誰も何も言わない。

ただ、それが当たり前だった。


「オルガ。兄さん。今日は賑やかだぞ」


風が吹き、草花が揺れる。


皆でイエルの料理を食べる。

 

ナギが目を輝かせる。


「美味しい! イエル、今度私に料理を教えて!」


「あぁ、ナギ。施設が大変なんだ。遊びに来たとき、手伝ってくれないか? そのときに、子供たちの食事を僕と一緒に作ろう」


ナギはマリアスに聞く。


「ねぇ、マリアス。イエルの施設に行ってもいい?」


マリアスは微笑む。


「もちろん。イエルを手伝ってやってくれ」


「でもね、なんか生意気な男の子がいるの」


イエルが頭を抱える。


「あぁ、あのオルガに憧れてる子だね。幼い頃のオルガにそっくりだ」


その言葉に皆が笑う。


やがてナギは、マリアスの膝を枕に眠ってしまった。


マリアスはカイに話す。


「カイ。君の使命はナギを守ることだと言ったな。しかし、もうこの国もアストレアも争いはない。それでも、カイ。君はこれから何をすべきかは見えているのか?」


カイは頷く。


「もちろんだよ、マリアス。ナギを守るっていうのは、何も争いから遠ざけることじゃない。ナギが幸せだと思える場所を守ることだと思う。だから……ナギが大好きな人たちも、守りたいんだ」


エリカが感心したように口を開く。


「おぉ、カイ。君は素晴らしい。さすがは私の仲良しだな」


――仲良し。


その言葉に、カイは最初にエリカと出会った日のことを思い出していた。

塔の最下層。

あの冷たかった場所を。


「――みんなそうなればいい」


話し声の中で時間は静かに過ぎ、気づけば空は夕暮れから銀河色へ染まり始めていた。


「ナギ、帰るぞ。そろそろ起きて」


マリアスが優しくナギの頭を撫でる。

 

寝ぼけ眼でナギが空を見上げる。


「ねぇ……還った人たちは今どこにいるのかな」


静かになる。


マリアスが空を見た。


「遠くじゃない」


エリカも笑う。


「騒がしいからな。嫌でも聞こえているだろう」

 

ナギが小さく笑った。


「そっか……じゃあ、みんなの祈り、ちゃんと届いてるね」


風が吹く。

星の丘の草花が揺れる。


そしてヨウルが空を見る。

ルカのレンズも空へ向く。

マリアス。

エリカ。

ナギ。

カイ。

イエル。


誰も言葉を発さなかった。

ただ同じ空を見上げていた。


月明かりの向こう。

銀河のどこかで、還っていった者たちは今も見守っている。

喜びも、悲しみも。

出会いも別れも。

人は何度でも繰り返し、その想いを誰かへ繋いでいく。


だから祈りは終わらない。


銀河に還る祈りは、今日もまた誰かの中で生き続けている。

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