第108話《星の丘》
――数週間後
崩れた塔の周囲では、ネオスと祈念種が一緒に瓦礫を運んでいる。
都市機能が止まったユナガーデンでは、夜明けと共に作業が始まり、日が落ちる頃には家路へ就く。
アストレアからも多くの祈念種たちが塔の跡地へ訪れ、皆で作業をした。
その傍では、祈念種とネオスの子供たちが手を取り駆け回っていた。その輪の中心には、ナギの笑顔があった。
イエルはその風景を眺めて微笑んだ。
「ナギ、何してるんだ?」
ナギは楽しそうに答える。
「かけっこなの! ナギが一番早いの!」
イエルが頭を抱えて笑う。
「そりゃそうだ。ナギはオリジンなんだから。だからナギはこの中で一番強い。でもね、本当にすごいのはそこじゃない。一番優しいところだ。マリー様みたいじゃないか」
その言葉に子供たちが騒がしくナギを見る。
「ナギちゃん凄い!」
「確かにナギって優しいよな。でも力もすごいぞ」
それを聞いたネオスの男の子が不満そうに言った。
「ちぇっ。オレはオリジンだろうが女なんかに負けねーよ」
その言葉を聞いたナギがその子に言う。
「だったら、どれだけみんなのためになることをしたかで、勝負ね!」
キョトンとした男の子をナギが見つめる。
「わ……わかったよ。オレは負けねー!」
そしてナギに見つめられて男の子は顔を赤らめる。
それを見たイエルが優しく微笑む。
「君はまるで、オルガみたいな子だな」
「え……オルガ様! 僕、オルガ様みたいになりたい!」
「……そうだ。優しく強く。オルガみたいになれ」
イエルの指先が、ほんの少し震えた。
そして、その子の頭を優しく撫でた。
カイとルカは、ルミエルの人権派だった幹部たちと共に、中央議会地下の巨大な機械室へ来ていた。
天井まで届く無数の配管。
幾重にも重なる機械群。
そして中央には、巨大な円筒型装置が静かに佇んでいる。
「カイ様、こちらです」
「あの……カイ様はやめてもらっていいですか? オレ、そういうの苦手で……」
男は少し困ったように笑う。
「……あ、ではカイ君で良いかな?」
「はい」
カイは装置の前で立ち止まる。
「……これは……」
巨大な機械の表面へ、そっと手を触れる。
その構造は、見たことのないものだった。
しかしどこか懐かしい。
ルカのレンズも淡く光っていた。
「これは二千年以上前の文明に存在していた、エネルギー生成装置を復元したものです」
幹部が静かに続ける。
「ノエル様とラグス様は、祈念波へ依存しない都市づくりを目指しておられました」
カイは目を見開く。
「都市インフラの三十五パーセントまで普及したのですが……現在は停止しております」
男は悔しそうに俯いた。
「技師たちも、あの日……祈りの塔で消息を絶ってしまいました」
巨大な機械だけが、まるで眠っているように沈黙していた。
そしてカイが前へ出る。
「……少し、見てもいいですか?」
カイは巨大な装置へゆっくり近づいた。
中央にそびえる円筒状の機関核。
その周囲を幾重もの配管が取り囲み、圧力計の針は全て停止している。
低く響いていたはずの駆動音も、今は完全に止まっていた。
ルカが隣でレンズを明滅させる。
「……解析中……解析中……」
カイは装置の外装へそっと手を置いた。
その瞬間だった。
「……あれ」
違和感があった。
壊れている感覚がない。
それは静かすぎた。
まるで動きを止めて眠っているだけのような。
カイは装置の側面へ回り込む。
無数の配線が走り、回転機構と圧力制御弁が複雑に組み上がっている。
そして奥にある一つの制御盤の前で足を止めた。
「……これ」
カイの目が僅かに見開かれる。
「カイ君?」
幹部たちが顔を見合わせた。
カイは制御盤の蓋を開く。
内部には無数の回路と結晶体が並んでいた。
ルカのレンズが強く光る。
「一致率……八十三パーセント。ルカノ内部機構ト……似テル」
カイは思わずルカを見る。
そして再び装置へ視線を戻し、小さく呟いた。
「……そうか。これ……壊れてない」
その場が静まり返る。
カイは制御盤の奥へ手を伸ばした。
「止まってるだけだ」
皆が息を呑む。
「この機関、祈念波停止と同時に安全機構が作動してる。まだ都市機能は祈念波に依存していた。だから連動が必要だったってわけか。でも、これ単体でってことなら……」
ゆっくり立ち上がる。
カイは少し照れくさそうに笑った。
「だから……きっとこれは、起こせる。でもこれ、かなり効率は悪いですよ」
要人も微笑んだ。
「いいんです。我々も、祈念種の方々にいつまでも頼りっぱなしではいけないでしょう」
その瞬間、機械室の空気が変わった。
止まっていた都市が、もう一度呼吸を始めようとしていた。
カイは改めて痛感していた。
二千年、この都市を支え続けた者たちが背負っていたものを。
それが、どれほど孤独で、どれほど重いものだったのかを。
マリアスとエリカは都市から少し離れた星の丘にいた。
ヨウルは風に吹かれながら、二つ並んだ墓標の先を静かに見つめていた。
そこは、文明の始まりを語る銀白色の記念碑がある場所だ。
オルガとノエルはここに埋葬された。
ラグスの亡骸は、ラグスの父と名乗る者が現れ引き取っていった。
エリカが呟いた。
「私の記憶の始まりは、ここだった」
マリアスが空を見上げる。
「聖記書によれば、ユナ様がここで空に祈りを捧げた。それが全ての始まりだった」
「マリアス、お前は本当に信心深いな。私はアネシアに繋がれてからは、嫌というほどアネシアに聞かされたよ」
「それはいいことだ」
「私の身にもなってみろ」
二人は顔を見合わせ笑った。
「マリアス、私はもう休ませてくれないか。この丘の麓で、ひっそりと暮らしたい。ここで、オルガとノエルを見守ってるよ」
「それでいい。エリカ、あなたはもう十分この国に尽くした。今度は、自分のために生きればいい。あとは私たちに任せてくれ。オルガもきっとそれを望んでいる」
エリカが遠くを見つめる。
「そうだな……。しっかし、オルガは……。ルカに私へのメッセージを残していた」
マリアスが思い返す。
「そういえば、七区での戦いの直後、アストレアに戻ったオルガが何か一生懸命ルカに話していたな」
エリカは少しだけ口元を緩め、オルガの口調を真似た。
「エリカー! 結婚式はアストレアの宮殿でやろう。子の名前は決めてある。……エレナだ」
マリアスはオルガを真似るエリカをみて思わず吹き出す。
「まったくオルガは……。で? エリカはどうするつもりだったの?」
「さぁね。オルガの心の奥底は邪悪だ。私は見抜いている。アイツは女心をわかっていない」
マリアスはオルガの墓標を見る。
「女心ね……。次があるなら、その時は少しくらい気づけ。な、オルガ」
風が吹いた。
星の丘の草花が、さわさわと揺れる。
その時だった。
「ウォン」
ヨウルが静かに鳴いた。
二人が振り返る。
白銀の狼は、丘の向こうを見つめていた。
遠くに見える、再建途中のルミエル。
崩れた塔の跡地には、小さく、けれど確かに人影が見える。
誰かが瓦礫を運び、誰かが笑い、誰かが手を差し伸べていた。
エリカは静かに目を細めた。
「……騒がしいな」
マリアスは微笑む。
「それでいい」
空はどこまでも青かった。
この星の未来は、もう誰か一人が背負うものではなかった。




