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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十六章《Repeating Prayer》

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第107話《終わらせる者》

つい先程まで広場を覆っていた、ネオスによる祈念種への暴動は止まっていた。

地面には、傷つき倒れたミデアやオリジンたちの姿がある。

それでも祈念種は抗わなかった。

涙を流しながら誰かを庇い、誰かを守ろうとしていた。


その光景は、誰もが思い出した二千年前の記憶と重なっていた。


一人のネオスの男が、倒れているミデアの女性の前へ膝をつく。


「……すまなかった。大丈夫か?」


女性は怯えながら、ゆっくり顔を上げる。


「……はい」


男は唇を震わせた。


「すまない……本当に……すまなかった……」


人目も憚らず、顔を覆って涙を流した。


その時、小さなオリジンの子供が近寄ってきた。

小さな手には、ポケットから取り出した飴玉が握られている。


「おじさん、これ、どうぞ」


男は目を見開いた。

震える手で、その小さな手に触れる。


「ありがとう……お嬢ちゃん。でもこれは、お嬢ちゃんが食べなさい」


そして、その瞬間だった。

広場の空気が、少しだけ変わる。

ネオスたちが、傷ついた祈念種たちへ駆け寄り始めた。

倒れた者を支え、傷の手当てをし、泣いている子供へ声をかける。

誰も命令していない。

それでも皆、自然と動いていた。


しかし、ラグスは一人震えていた。


「認めぬ……! こんなものは偽りだ!」


失った右腕の傷口を押さえ、ラグスは声を絞り出す。


「騙されるな! 薄汚い祈念種の声を聞くな……!」


だが、誰も動かない。


民衆たちは戸惑いながらも、傷ついた祈念種たちへ手を差し伸べていた。


ラグスは目を見開く。


「何故だ……何故……!」


そして民衆を見渡した、その瞬間だった。

ズンと胸に熱い衝撃が走る。


胸を、剣が貫いていた。


ラグスはゆっくりと視線を落とす。

胸元を突き刺す刃。

そして、その剣を握る者へ視線を辿った。


「……イエル……様……」


イエルの瞳から涙が零れる。


「……終わらせる。もう、この憎しみは……ここで終わりだ」


その声は震えていた。


マリアスが叫ぶ。


「ダメだ、イエル! また憎しみが連鎖する! それでは断ち切れない!」


ラグスはゆっくり首だけを動かし、マリアスへ視線を向ける。


「……マリアス様……もう手遅れです」


血が口元から溢れた。


「剣が……私の心臓を……貫いております……」


そして今度は、エリカへ視線を向けた。

エリカの身体から、優しく温かな祈念が淡い光となって溢れていた。

ラグスは初めて、それを見た。

自らの死を受け入れた瞬間、胸の奥で忘れていた何かが静かに揺れた。

そして、その表情がふと緩んだ。

 

「……そういうことですか、エリカ様……」


咳き込み、赤い血が地面へ落ちる。

そして、小さく笑った。

 

「死の間際……人は使命を思い出す……。ようやく思い出しました。私が……何を見失っていたのかを……」


ラグスは広場を見渡した。


泣く者。

傷ついた者。

抱き合う者。

ネオスも、祈念種も、互いを支え合っている。


しばらくして、ラグスは静かに目を閉じた。


「……そうですか」


そしてゆっくりと、胸を貫く剣へ視線を落とす。


「……イエル様。いけませぬ」


ラグスは震えるイエルの手を、静かに握った。


「あなたは……この国を背負う者。その手を……憎しみで汚してはなりません」


その笑みは、不思議と穏やかだった。

ゆっくりと、剣の柄からイエルの手を外す。

ラグスは民衆へと向き直った。

そして、最後の声を張り上げた。


「先代エリオ様も……ルシエ様も……そして今、ノエル様を殺したのも私です!」


広場が静まり返る。


「第七区暴動事件は存在しない。……あれは私が仕掛けた……祈念種への虐殺でした」


ラグスは、自ら剣をさらに深く身体へ押し込んだ。

血が溢れ、白い石床を赤く染めていく。

 

「よってこの命……自らエリカ様へ差し出します……償いという意味では……今できることは……ここまでです……」


崩れるように膝をつき、そして小さく笑った。


「しかし、この命だけじゃ、まだ……足りませぬな……私の罪は……」


かすれる声。

最後まで言葉は続かなかった。

そうして、ラグスの瞳から静かに光が消え、静かに地面へ崩れ落ちる。


誰も声を上げなかった。

歓声もない。

勝利を喜ぶ者もいなかった。

ただ、風だけが広場を吹き抜けていく。


つい先程まで怒号と悲鳴に包まれていたその場所は、嘘のような静寂に包まれていた。


イエルは立ち尽くしていた。

震える手。

胸を貫いた剣の感触が、まだ消えない。

自分が何をしたのか理解していた。

理解しているからこそ、その場から動けなかった。


イエルの膝が崩れる。


「……終わったのか……」


掠れた声だった。

答える者はいない。


静かな足音が近づく。

マリアスだった。

傷だらけの身体のまま、イエルの隣へ静かに膝をつく。

何も言わない。

ただ、同じ景色を見つめていた。

 

しばらくして、イエルが呟く。


「……何か言ってくれ、マリアス」


マリアスは空を見上げる。


「イエル。私たちはまた新たな贖罪を背負った。だが償いとは、過去へ跪くことじゃない。今、この瞬間から未来を選ぶことだ」


風が吹く。

マリアスは立ち上がりイエルに手を伸ばした。


「次の世代にこの悲しみを引き継がせない。その覚悟があるなら民衆にそれを示せ。イエル、君ができないのであれば、私がやるまでだ。私たち祈念種は未来を見て生きる種族だ」


イエルも立ち上がる。


「マリアス、種族など関係ない。ネオスだってそうさ。今、この都市は壊れた。インフラも止まり、アネシアは還り、エリカはここにいる。この都市を立て直すには、種族を越えて手を取り合わねばならない」


イエルはマリアスに向き合う。


「アストレアの女王マリアス。……もう一度、この国を共に創ってくれるか?」


マリアスは微笑んだ。


「もちろんだ。ルミエルを統べる者に君はなれ、イエル」


二人は固く手を握り合った。

民衆は、その姿を静かに見守っていた。


瓦礫の山の向こうには、崩れた祈りの塔が見えていた。

ナギはそれを見つめ震えが止まらなかった。

祈りの塔は、ナギにとって始祖マリーと繋がる場所だった。

心の支えであり、ずっと信じ続けてきた祈りそのものだった。

 

「ナギ」


カイが、震えるナギの手を握る。


「行こう」


「……え……?」


「兄さんも、マリアスも、皆……前へ進めって言ってる」


カイは、泣きながら笑う。


「だからオレたちが、この国を止めちゃダメなんだ」


「でも……祈りの塔が……」


カイはナギの肩に手を置く。


「ナギ、それでもマリー様は消えてない。ナギの中にも、皆の中にもいる。また創ろうよ。だって、マリアスってマリー様みたいじゃないか? ナギがユナ様になって、そしたらオレがピリカ様みたいにナギを守るから」


カイの言葉に、ナギの祈念核が温かく柔らかい光を発した。


それに引き寄せられるように、ルカがカツカツと音を立て、ナギに寄り添う。


「ママー、ルカモ、ズット、ママト一緒」


「うん!」


ようやくナギが明るい笑顔を見せた。


マリアスがオルガの亡骸を抱いたエリカに歩み寄る。


「エリカ、あなたはこれからどう生きるの? もう、縛り付けるものなんてない。私たちの目的は、あなたを塔から解放するためでもあった」


エリカは目を伏せた。


「そうだな……長い間、私がこの都市を守っていると思っていた。しかし、違ったのかもしれない。この国の人々が手を取り合い生きるという選択を、私自身が奪っていたのかもしれない」


エリカはオルガの髪を静かに撫でた。

そして初めて、使命のためでも、誰かのためでもなく。

ただ、自分自身のために涙を流した。

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