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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十六章《Repeating Prayer》

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第105話《アネシア》

イエルは地面へ叩きつけられたまま、動かなかった。

頬から血が流れる。

視界も霞み始めていた。

それでも、崩れ落ちた塔から目を離せない。

瓦礫の下には、まだ皆がいる。


誰一人、救えなかった。


「……僕は……」


声にならない。


――守れなかった。止められなかった。父も。兄も。この国も。


ラグスの足が、ゆっくりと近づいてくる。

次の瞬間、鈍い衝撃が腹部へ突き刺さった。


「――ガハッ!」


身体が地面を滑る。


ラグスは無言のまま、さらにイエルの顔を蹴り上げた。

血飛沫が舞う。


それでもイエルは抵抗しない。

いや――もう、立ち上がる力が残っていなかった。


周囲ではなお、ネオスたちの怒号と、祈念種たちの悲鳴が響き続けている。


その光景を見下ろしながら、ラグスは静かに息を吐いた。


「結局、人は恐怖に従う」


冷たい声だった。


「理想では国は動かないのですよ、イエル様」


ラグスはイエルの髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。


「あなたも理解したでしょう?」


イエルの瞳は揺れていた。

怒りも、憎しみもあった。

だがそれ以上に、深い絶望があった。


ラグスはそんなイエルを見つめ、小さく笑う。


「イエル様。あなたはよくやりました」


まるで労うような声音だった。


「父を失い、兄を失い、それでもなお民を守ろうとした」


ゆっくりと手を離す。


イエルの身体が再び地へ崩れ落ちた。


「ですが――もう終わりです」


ラグスは残された左拳を静かに振り上げる。


「イエル様。お疲れ様でございました」


そのとき、瓦礫の山が突如として白く輝いた。


次の瞬間。

塔の地下深くから、一閃の光が天へと放たれる。


それはまるで、世界そのものを貫く祈りだった。


眩い白光に、誰もが思わず目を覆う。

轟音すら消えた。

空気が止まり、世界が静まり返る。


やがて光の中心に、巨大な女神の姿が浮かび上がる。

その巨躯は、黄金色の半透明だった。

空を埋め尽くすほど巨大な女神。

長い髪は光の粒子となって揺れ、その全身を巡る幾重もの紋様が、まるで都市そのものと同期するように淡く脈動している。


その姿に、民衆の誰もが息を呑んだ。


祈念種も。

ネオスも。

誰一人として、言葉を発せない。


女神は静かに膝をつくように屈み、ゆっくり両手を広げる。

その掌には、人影があった。

気を失ったマリアスたちだった。


ナギを守るように、カイがその小さな身体を抱いている。

その上へ覆い被さるように、マリアスが倒れていた。

片翼は砕け、血に濡れている。

それでもなお、皆を庇うように抱き締めている。


その傍らでは、死してもなお、エリカを守るようにオルガが覆い被さっていた。

まるで最後の最後まで、そうすることが当然だったかのように。


ヨウルもまた、力尽きた身体でルカを抱えるように横たわっている。

その白銀の毛並みは瓦礫と血に汚れ、それでもなお、ルカへ降り注ぐ破片から庇うように身体を丸めていた。


誰もが傷ついていた。

誰もが倒れていた。


それでも。


誰一人、自分だけを守ってはいなかった。


巨大な女神は、その掌をゆっくりと地上へ降ろす。

まるで壊れ物を扱うように。

慈しむように。

巨大な女神は、彼らを静かにイエルの前へ降ろした。


「……みんな……」


イエルは駆け寄り、一人ひとりの姿を確かめる。


「マリアス! カイ君!」


震える手で触れる。

微かだった。

だが、確かに温もりと呼吸が残っている。


その瞬間、カイの腕に抱かれていたナギがゆっくりと目を開けた。


「……ナギ!」


イエルの声が掠れる。


「大丈夫か!?」


「……うん……」


ナギは小さく頷き、ゆっくりと身体を起こした。


だが周囲を見渡した次の瞬間、その瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「……オルガ……!」


イエルは慌ててオルガを抱き起こした。


「オルガ……?」


その声が止まる。


胸には大きな裂傷。

そして砕けた祈念核が、剥き出しになっていた。

もう、光はない。


「……ッ」


イエルの喉が震える。


「オルガ……お前は……」


言葉にならない。

涙が溢れる。

それでも必死に堪えながら、今度はエリカの頬へ触れた。


「……大丈夫だ。生きてる……」


安堵と嗚咽が混ざった声だった。


その時だった。


「イエル……」


か細い機械音声が響く。

ヨウルの身体の下から、ルカがゆっくりと顔を出していた。


「ヨウルガ……ヒドイ怪我……」


イエルはすぐに頷く。


「あぁ、わかっている」


震える声のまま、ルカへ笑いかけた。


「お前が無事で良かった。大丈夫だ……すぐ治療する」


そしてイエルは、ゆっくりと振り返る。


ラグスは、その場から動けずにいた。


巨大な黄金の女神。

空を覆うほど巨大なその存在に、完全に呑まれていた。


「……何ですか……これは……」


ラグスの声が掠れる。


女神は何も語らない。

ただ静かに、ラグスを見下ろしている。


その眼差しが慈悲なのか。

怒りなのか。

あるいは、もっと別の何かなのか。


ラグスには理解できなかった。

だが、その視線を受けた瞬間、本能が告げていた。


――これは、人の理解を超えた存在だと。


ラグスは思わず、一歩後ずさった。


イエルは呆然と空を見上げた。


「あなたは……」


ゆっくりと、巨大な女神の視線がイエルへ向く。


そして空そのものが震えるような声が響いた。


『我はアネシア』


その声に、誰もが息を呑む。


『始祖マリーの想いを継ぎ、二千年、この国を観測し続けた者』


ナギは胸の前で手を組み、涙を流す。

ナギにとって、その姿は聖記書の中でしか見たことのない、始祖マリーそのものだった。


「マリー様……みんなを助けて……」


その祈りを受け、アネシアの視線はゆっくりとナギに向く。


『ナギ。本来、私に形などない。これは二千年前、私が友と呼んだ者の姿だ。そして、お前も私の友の祈りを継ぐものだ』


その言葉は、優しくナギの祈念核に流れ込む。


『ナギ、お前もこの国のカルマを背負う当事者だ。まだ幼く、その使命と役割に気づかなくとも、何も難しいことはない。なぜならお前の祈りはいつも純心で優しく、皆の幸福を願う者だからだ』


アネシアはナギへ向け、ゆっくりと身を屈める。


『お前が皆を救え。ここに倒れた者たちを。そして――我が娘、エリカも救ってあげてくれ』


「……はい」


ナギは小さく頷き、静かに瞳を閉じた。


「……お願い。目を覚まして……」


震える声だった。


「マリアス……カイ……エリカ……。ヨウルも……」


そこで声が止まる。


「……オルガも……」


ナギは、それ以上言えなかった。

もう、わかっていた。

オルガの魂は、もうそこにはいない。

涙が止まらなかった。


その時だった。

壊れた後脚を引きずりながら、ルカがナギの傍へ寄り添う。


「……ナギ……」


弱々しいレンズの光が、かすかに瞬く。

そしてルカの祈念核が共鳴するように輝き始めた。


ナギの祈念波が増幅されていく。

優しい光だった。


やがてその祈りは都市全体へ広がり、ルミエルにいる祈念種たちの祈念核を震わせていく。


そして――それはネオスたちへも届いた。

かつて祈念核だった心臓。

その奥に残っていた微かな温もりへ、静かに触れていく。

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