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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十五章《崩壊の継承》

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第102話《未来を残すために》

オルガは薄れゆく意識の中、幼かった頃のエリカと、いま目の前に立つエリカの姿をゆっくりと重ねていた。


「……いい女になったな、エリカ」


掠れた声だった。


「やっと会えたってのに……つくづく運がねぇ」


胸元へ手を当てる。

砕けた祈念核は、もう熱を失い始めていた。


「……それでもいい。また……お前に会えた。それだけで、生きた意味になった」


視線を外さぬまま、石床へ手をつく。

その身体は、もう立っていることすら限界だった。


「――クハッ……」


血が零れる。


その瞬間だった。

オルガの魂へ、灼けつくような記憶の奔流が流れ込む。

それは魂の輪廻の記憶。

奪う、奪われる。

争い、殺し、殺される。

理不尽に、不条理に。

生まれ変わってなお、また命を奪われる。


「……また……殺される……」


低く漏れた声と同時に、オルガの身体が黒い波動に包まれた。

神聖だったはずの広間が、一瞬で冷え切る。

それは祈念波ではない。

虚無。

憎悪。

祈りの果てに沈殿した、何か別のもの。


ラグスが思わず一歩退いた。


「……なんですか、これは。祈念波では――」


言葉は、最後まで続かなかった。


オルガの剣が閃く。

凄まじい速度だった。


寸前で身を逸らしたラグスの頬を、剣先が浅く裂く。

血が散った。

ラグスの瞳に、初めて明確な動揺が走る。

神性とは真逆の、底の見えない邪悪だった。


赤く染まった瞳が、ラグスを捉えて離さない。


エリカが叫ぶ。


「ダメだ、オルガ! 祈りの墓場へ堕ちるぞ!」


駆け寄り、背後からその身体を強く抱き締めた。


「もういいんだ、オルガ……」


震える声だった。


「お前の最後の瞬間、私がそばにいる。……だから、憎しみで終わるな。怒りで終わるな……」


エリカの祈念波が、静かにオルガを包み込んでいく。

荒れ狂っていた黒い波動が、少しずつ揺らぎ始めた。


エリカは、そっと囁く。


「先に行ってろ。必ず、お前を見つける。――だから……安心しろ」


涙が、頬を伝う。

その言葉が落ちた瞬間、オルガの瞳から赤い光が静かに消えた。

全身から力が抜ける。

そして――ゆっくりと、目を閉じた。


エリカは、その身体を抱き締めたまま、小さく呟く。


「……オルガは、還ってしまった」


それは、魂が肉体を離れた証。

祈念波ですら、もう届かない場所へ旅立ったということだった。


ラグスが、薄く笑う。


「死にましたか。……祈念種は、油断なりませぬ」


その瞬間だった。

ルカのレンズが七色に瞬く。


「オルガ、ルカノ相棒。ルカ、許サナイ!」


硬質な足音が石床を打つ。

一直線にラグスへ向かい、レンズから閃光が放たれた。


ラグスは即座に身を捻る。

光はわずかに逸れ、石壁を深く焼き裂いた。


そのままルカは、オルガの亡骸のもとへ歩いていく。

小さな機体が、オルガの傍らへ静かに座り込んだ。

レンズの光が、ゆっくりと弱まっていく。

祈念波は、もう残っていない。

それでも離れようとはしなかった。


「……オルガ……ルカノ相棒……」


最後の光が、かすかに揺れる。

そのまま静かに、ルカの機能は停止した。


「……危ないですね。凶暴なユニットで――」


ラグスの言葉は、最後まで続かなかった。

背後に、影が落ちる。


カイだった。

青白い祈念波を纏った手刀が、迷いなく振り下ろされる。


ラグスは咄嗟に剣を差し込み、その一撃を受け止めた。

しかし、激しい火花が散り、剣が音もなく折れる。


「小僧がっ!」


その声には、わずかな焦りが混じっていた。


次の瞬間、カイはすでに間合いの内へ踏み込んでいる。

狙いはただ一つ。

ラグスの胸元だった。


しかし伸ばした手が届く寸前、腕を掴まれる。

そのまま強引に投げ飛ばされ、視界が反転した。

だがカイは空中で身を捻り滑るように着地する。

それでも視線だけは決して逸らさなかった。


「……起爆装置を狙ったな」


ラグスが低く言う。


「兄さんが……最後にルカへ送った祈念だ」


息を整えながら、カイはラグスの胸を指した。


「そこにあるってな」


瞳からは涙が零れている。

それでも、拳は震えていなかった。


ラグスは一度だけ目を伏せ、小さく息を吐く。


「……ここまでとは。実に厄介ですね」


折れた剣を見下ろし、ゆっくりと視線を巡らせる。


エリカ。

マリアス。

カイ。

ヨウル。

そして――ナギ。


「手負いの獣に、ミデアが二人。オリジンも二人……そのうえ、どいつも規格外……」


その言葉と同時に、ラグスの両脚の機構が火を噴いた。

空気が裂ける。

踏み込んだ石床が抉れ、姿が消えた。

気づいたときには、ナギの目の前にいる。

伸ばされた手が、その小さな身体へ迫った。


「――いやっ!」


ナギの悲鳴が響く。


だが次の瞬間、ラグスの腕はマリアスの剣に弾かれていた。

衝撃を逃がすように身を捻り、そのまま出口側へ転がる。


マリアスもまた、ナギを抱き寄せたまま広間中央へ滑り込んだ。


「ナギ! 大丈夫か!」


駆け寄ったカイに、ナギは怯えたまま小さく頷く。


「……うん」


ラグスはゆっくりと後退していた。

背が、大扉へ触れ、そして止まる。


「……さて、出口は、いただきました」


静かな声で、わずかに笑う。


「この塔は、ここで終わりです。祈りの塔もろとも――消えていただきましょうか」


その言葉は、あまりにも淡々としていた。


「オレたちを閉じ込めて、塔を破壊する気か!」


カイが叫ぶ。


その横で、マリアスが小さく囁いた。


「ナギ。私はラグスを止める」


静かな声だった。


「……私のために、祈ってくれるか?」


ナギは涙を浮かべたまま、小さく頷く。


「……うん」


「ありがとう、ナギ」


マリアスは優しく微笑んだ。


「必ず使命を果たす。私の使命は……君が幸せに暮らせる世界を残すことだ」


その瞳が、真っ直ぐ前を向く。


「私の祈りは――その世界で、皆と共に生きること」


そして、ナギが胸の前で手を合わせた瞬間、世界が変わった。

塔が共鳴する。

祈念波が、首都ユナガーデン全域へ広がっていく。


「マリアス……大好き」


涙が零れる。


「カイも、オルガも、エリカも……ルカはナギの子で、私のママなの。ヨウルもお友達。イエルも……あそこにいた人たちも……」


祈念波が、さらに強く脈打つ。


「ネオスも、祈念種も……世界が平和でありますように……」


その願いは、祈りそのものだった。


「マリー様は、この世界を創ったの。ユナ様のために……ピリカ様のために……セレア様も、アネシアも、ずっと守ってた……」


嗚咽混じりの声が続く。


「みんなに……仲良くしてほしくて……」


ナギの祈念に呼応するように、力尽きていたルカのレンズが再び淡く光を取り戻し始める。


その祈念を受け、マリアスの背に片翼が広がった。


「ラグス。お前には見えなかったのか」


マリアスの片翼が淡く輝く。


「この都市は、誰かを踏みつけるためではなく――皆が幸せに生きるために、祈りの中で受け継がれてきた」

 

地を蹴る。

一瞬で間合いを詰め、祈念波を纏った刃が振り下ろされた。


ラグスは機構化した右腕で受け止める。

激しい火花が散った。


「――グッ!」


衝撃に押され、ラグスが一歩退く。


「その顔です、マリアス。美しい理想を語りながら、祈念種も結局は怒りで剣を振るう」


マリアスは静かに剣を構え直した。


「怒りではない。怒りだけで、人は未来へ進めない。倒れた者たちは、憎しみのために命を散らしたのではない。誰かを守り、未来を残すために戦った。ならば私は、その想いを背負う。祈りを、ここで終わらせないために」


その瞳は、まっすぐラグスを見据えていた。

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