第13話 調査員は、解体場で対象を見つけ
翌朝、俺は「門」という文字を覚えた。
図書館で借りた子供向けの文字練習帳に、その文字が載っていたのだ。家の絵。扉の絵。柵の絵。そして、門。
文字の形は単純ではなかった。二本の縦線。それを囲う枠。内側に小さな開口部を示す記号。現代王国文字としては、街門や屋敷の門を意味するらしい。だが、俺にはそれ以上の意味を感じた。
門。内と外を分けるもの。閉じれば境界。開けば通路。こちら側と向こう側をつなぐ構造。
世界の外側へ行くために必要なものも、結局は門なのかもしれない。ただの空間転移では足りない。世界と世界の間には、物理的な距離とは違う隔たりがあるはずだ。魂の固定。情報の同期。時間の補正。因果の接続。そして境界の突破。それらを成立させる構造。門。
俺は紙に、日本語と王国文字を並べて書いた。
外。門。世界。
まだ三つだけだ。しかし、この三つが書けるようになっただけで、研究の方向性が少しだけ形を持った気がした。世界の外へ至る門。言葉にすると、かなり遠い。だが、遠いからこそ良い。すぐに届くものなら、ここまで心を掴まれなかっただろう。
安宿の小さな机で文字を書いていると、廊下から足音が聞こえた。宿の女将が扉の外から声をかけてくる。
「ユーマ、起きてるかい?」
「はい」
「ギルドの受付さんから伝言だよ。今日は早めに来てほしいってさ」
「ミラさんから?」
「ああ。なんでも王都から人が来たとか」
手が止まった。王都。来たか。思っていたより早い。
昨日、ミラから追加通達の話を聞いたばかりだ。ルーベルに俺がいるという情報が王都へ届いたなら、調査員が動くのは当然。捕縛部隊が即座に来なかっただけ、まだましなのかもしれない。
「分かりました。すぐ向かいます」
「また何かしたのかい?」
「心当たりが多すぎて断定できません」
「……あんた、若いのに大変そうだねえ」
女将は半ば呆れたように去っていった。
大変。確かに、異世界に来てから数日とは思えない密度だ。勇者召喚。勇者拒否。魔法暴発。王城逃亡。森へ落下。角兎とゴブリン。冒険者登録。解体場。魔道具屋。水魔法と霧化。市場火災。図書館。そして王都からの調査員。並べてみると、かなり忙しい。
だが、不思議と後悔はなかった。勇者として王城に留まっていたら、これらの大半は知れなかった。解体場の魔石も。ドルガンの魔灯も。ニールの霧も。ルーベルの図書館も。すべて、王城を出たから見えたものだ。
俺は文字帳と研究記録を鞄に入れ、宿を出た。
ルーベルの街は、いつもより少し落ち着かない空気だった。市場では昨日の火事跡が片づけられ、屋台の店主が周囲の商人たちに頭を下げている。通りを歩く冒険者たちは、俺に気づくとひそひそと話す。
黒髪の新人。火事を止めたやつ。王都から探されているらしい男。
噂が混ざっている。まずい。非常にまずい。噂は情報だ。そして情報は流れる。魔力や水と同じように、止めなければどこまでも広がる。
ギルドの扉を開けると、いつもより静かだった。朝の依頼受注時間にもかかわらず、冒険者たちの視線が奥の受付へ集まっている。
カウンターの前に、見慣れない男が立っていた。旅人風の外套。短く整えた茶色の髪。腰には短剣。顔立ちは地味だが、立ち方に隙がない。昨日、通りでこちらを見ていた男。間違いない。
男の横には、ミラがいた。その表情は硬い。カウンターの奥にはギルド支部長らしき中年の男もいる。ガルドは少し離れた壁際で腕を組み、こちらを見ていた。
「ユーマさん」
ミラが俺に気づいた。
「こちらへ」
「はい」
俺はカウンターへ向かった。男がこちらを見る。目が合った。昨日はすぐ逸らされた視線が、今日はまっすぐ向けられている。観察されている。こちらも観察する。
呼吸は一定。手は武器から少し離れている。ただし、いつでも動ける距離。敵意はない。警戒はある。職業は冒険者ではない。動きは訓練されているが、戦士というより調査員。諜報か、王都の監察官か。
「あなたがユーマ・カンザキですか」
男が言った。
「はい」
「私は王都行政監察局所属、ロイ・アルヴァン。王国からの通達に基づき、あなたにいくつか確認を行います」
「監察局」
初めて聞く組織だ。ミラが小声で補足する。
「王都の行政や各地の報告を確認する部署です。騎士団とは別系統です」
「なるほど」
軍事捕縛部隊ではない。まずは確認と調査。王都も、いきなり力で拘束するのは避けたのかもしれない。あるいは、俺が街に馴染み始めたことで慎重になったのか。
ロイは書類を開いた。
「確認します。あなたは数日前、王都ルミナス城の勇者召喚儀式によって現れた異世界人、ユーマ・カンザキ本人ですか」
ギルド内が静まり返った。冒険者たちがこちらを見る。
ここで否定することは可能か。黒髪黒目。名前一致。魔法制御不安定。王国との関係。おそらく無理だ。嘘をつけば信用を失う。ミラが言っていた。信用は研究継続資源。ここで失うべきではない。
「はい。本人です」
ざわめきが広がった。ガルドが小さくため息をつく。ミラは目を閉じた。ロイは表情を変えずに記録する。
「勇者召喚直後、王命を拒否し、召喚陣に干渉して王城から逃亡した事実は?」
「あります」
「理由は?」
「勇者として管理されるつもりがなかったためです」
「魔王討伐を拒否した理由は?」
「この世界について何も知らない状態で、一方の陣営に属して他方を討つことは不誠実だと判断しました」
ギルド内がまた静かになる。ロイのペンが止まった。
「不誠実?」
「はい。魔王、魔族、人間国家、聖教国、王国、歴史的対立、戦争原因、種族関係。それらを知らないまま、魔王は悪だから倒せと言われても判断できません」
「あなたは、魔王を擁護するのですか」
「いいえ。判断材料が足りないと言っています」
ロイはじっと俺を見る。その目に、わずかな興味が混ざった。
「では、王国に敵意は?」
「ありません」
「復讐の意思は?」
「ありません」
「王都へ戻る意思は?」
「現時点ではありません」
「理由は?」
「研究の自由を奪われる可能性が高いからです」
「研究」
「はい」
「あなたは、何を研究しているのですか」
俺は少し考えた。魔法。魔物。魔道具。文字。世界構造。魂。境界。最終的には世界の外側。全部言えば長くなる。だが、嘘は避けたい。
「この世界の仕組みです」
ロイの眉がわずかに動いた。
「広すぎます」
「はい」
「具体的には」
「魔力とは何か。魔法はどのように現象へ干渉するのか。魔石は燃料なのか、器官なのか、記録媒体なのか。魔道具は術式と認識をどの程度外部化できるのか。属性分類は本質なのか、用途上の便宜なのか。召喚陣は魂と肉体をどう同期しているのか。世界と世界の移動は再現可能なのか」
ロイは書きかけのペンを止めた。ミラは額に手を当てた。ガルドは壁際で笑いを堪えている。ギルド内の冒険者たちは、半分以上が話についてきていない。
ロイは数秒後、静かに言った。
「なるほど。報告書通りですね」
「どのように書かれていましたか」
「異常な知的好奇心を持つ。王国への敵意は不明。ただし管理不能の可能性あり」
「おおむね正しいです」
「認めるのですか」
「はい」
ロイはわずかに口元を動かした。笑ったのかもしれない。
「あなたを王都へ連行する命令も出ています」
ギルド内の空気が変わった。ガルドの表情が険しくなる。ミラも一歩前へ出かけた。
俺はロイを見る。
「抵抗した場合は拘束ですか」
「知っていましたか」
「ミラさんから聞きました」
「では、どうしますか」
「確認ですが、あなた一人で俺を拘束するつもりですか」
「必要なら」
「俺は魔法制御がかなり不安定です。強制的な拘束を試みた場合、周囲への被害が出る可能性があります」
ロイの手が短剣の近くで止まる。ギルド内に緊張が走る。俺は続けた。
「脅迫ではありません。事実です。俺は自分の魔力を十分に制御できません。追い詰められた場合、意図せず暴発する可能性があります」
「自分を人質に取るような言い方ですね」
「いえ。俺自身も被害を受けます」
「でしょうね」
ロイは短剣から手を離した。
「今日は確認だけです。あなたを即時連行する命令は、私個人の判断で保留します」
ギルド内の緊張が少し緩む。ミラが息を吐いた。
「理由を聞いても?」
俺が尋ねると、ロイは書類を閉じた。
「あなたはすでにルーベルの冒険者ギルドに仮登録し、解体場で働き、魔道具屋ドルガンと接触し、市場火災の対応にも関与している。街に一定の有用性を示している人物を、即座に王都へ連れ戻すのは摩擦が大きい」
「合理的ですね」
「それと」
ロイは少しだけ目を細めた。
「あなたが逃げるなら、昨日の時点で街を出ているはずです」
「なるほど」
「それなのに、あなたは図書館へ行き、解体場へ行き、魔道具屋へ行っている。逃亡者というより、研究場所を見つけた学者に近い」
「学者ではありません。まだ文字も十分に読めません」
「そこではありません」
ロイは小さく息を吐いた。
「今後、あなたの行動は監察局へ報告されます」
「はい」
「街外への単独移動は控えてください」
「分かりました」
「大規模な魔法実験は禁止」
「はい」
「召喚陣、転移陣、通信具への無許可干渉は禁止」
「はい」
「魔道具屋での作業は、ドルガンの監督下でのみ許可」
「はい」
「解体場での魔石調査は、ボルグ主任の許可範囲内で行うこと」
「はい」
「図書館の資料持ち出しは禁止」
「それは元々禁止されています」
「あなたの場合、念のためです」
「はい」
ロイは書類に署名し、ギルド支部長へ渡した。
「王都への報告には、ルーベルギルド監視下にて経過観察中、と記載します」
ミラの表情が少し緩んだ。ガルドが壁から離れる。
「つまり、当面はここにいていいってことか」
「監視付きで、です」
「十分だな」
俺はロイに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼を言われる立場ではありません。私はあなたを見逃したわけではない」
「はい。観察対象として保留されたと理解しています」
「……あなたは、自分が観察対象になることに抵抗はないのですか」
「ありますが、俺も周囲を観察しているのでお互い様です」
ロイは一瞬だけ本当に困った顔をした。その表情は、ミラがよくするものに似ていた。
「報告書に追記しておきます。会話すると疲れる、と」
「すみません」
「謝るなら少し直してください」
「努力します」
ミラが小さく笑った。ギルド内の空気が、ようやく少しだけ戻ってくる。
ただし、状況が解決したわけではない。むしろ、正式に監視対象になった。自由は残った。だが、条件付きだ。研究環境を維持するには、今後ますます信用が必要になる。
ロイは最後に俺を見る。
「もう一つ、重要な通達があります」
「何でしょう」
「数日以内に、王都から追加の調査団がルーベルへ到着します」
「調査団」
「名目は、勇者召喚陣に残っていた古式刻印と、あなたが召喚陣へ干渉した際の魔力残滓調査です」
「俺の調査も含まれますか」
「当然含まれます」
「誰が来るのですか」
ロイは少しだけ言いづらそうにした。
「王国魔導院のレグナ卿。そして、古代文字の協力者として……第三王女リア・エルヴァルディア殿下」
ギルド内が静まり返った。
王女。第三王女。王族。
俺は少しだけ眉をひそめる。王族とは、できれば関わりたくなかった。王城から逃げた理由の一つでもある。国王、貴族、王族、政治、勇者、使命。面倒な単語が一気に増える。
「王女ですか」
「はい」
「拒否できますか」
「できません」
「ですよね」
俺はため息をついた。ガルドが笑う。
「よかったな、ユーマ。王族から逃げたのに、王族の方から来るぞ」
「全くよくありません」
「珍しく嫌そうだな」
「王族は面倒です」
ミラが慌てて周囲を見る。
「ユーマさん、そういう発言は控えてください」
「すみません」
ロイは表情を変えずに言った。
「リア殿下は、一般的な王族とは少し違います」
「どう違うのですか」
「地下図書館に籠もり、古代文字ばかり読んでいる方です」
手が止まった。
「古代文字」
「はい」
「どの種類ですか」
「古代アストラ文字、と聞いています」
胸の奥で、何かが跳ねた。
古代アストラ。これまで何度も断片的に出てきた名前。召喚陣の古式刻印。ドルガンが見せた古い術式板。図書館の資料。そして、世界の外側に関わるかもしれない文明。その文字を読める王女。
王族。面倒。しかし、古代アストラ文字。面倒。だが、非常に興味深い。
「……その王女は、古代アストラ文字を読めるのですか」
「一部は」
「会話は可能ですか」
「立場上、可能かどうかは調査団の判断次第です」
「古代文字について質問しても?」
「まず失礼のない態度を学んでください」
ミラとガルドが同時に頷いた。なぜか全員がそこを心配している。不本意だが、理解はできる。俺は王に対しても普通に質問した。王女相手でも、同じことをする可能性は高い。危険だ。社会的に。
「努力します」
ロイは書類を鞄にしまった。
「調査団到着まで、目立った行動は控えてください」
「はい」
「特に、古代術式や転移に関わる実験は絶対に行わないこと」
「分かりました」
「本当に?」
「はい」
ロイは少し疑わしげだったが、それ以上は言わなかった。彼がギルドを出ると、溜まっていた空気が一気に流れた。冒険者たちがざわめく。
王女が来る。調査団。黒髪の勇者候補。危険人物。噂はまた広がるだろう。
俺はカウンターの端で、紙にメモを取る。王都監察局。ロイ・アルヴァン。経過観察。第三王女リア。古代アストラ文字。調査団到着予定。王族、面倒。古代文字、重要。
ミラが横から覗き込む。
「最後の二つ、逆にしませんか?」
「逆?」
「王族、重要。古代文字、面倒」
「それは違います」
「でしょうね」
彼女はため息をついた。
「ユーマさん。リア殿下が来られたら、本当に失礼のないようにしてくださいね」
「はい」
「王族に向かって、魔法陣を分解してもいいですか、とか、王族制度に興味ありません、とか言わないでください」
「後者は言わないようにします」
「前者は?」
「状況によります」
「状況によらず控えてください」
「努力します」
ガルドが横で肩をすくめた。
「ミラ、無理だ。こいつは古代文字って聞いた時点でもう駄目だ」
「でしょうね」
信用が低い。だが、確かに古代アストラ文字は重要だ。もしリア王女が本当に古代文字を読めるなら、俺が読めない古い術式板や召喚陣の断片を理解する手がかりになる。王族と関わるのは面倒。だが、知識への入口が王族の手にあるなら、避けて通ることは難しい。
俺は少しだけ空を見上げた。ギルドの窓から見える青空。王城から逃げたはずなのに、王城の一部がこちらへ近づいてくる。
面倒だ。非常に面倒だ。しかし。
「古代アストラ文字……」
知りたい。結局、その気持ちが勝ってしまう。
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研究記録 No.010
対象:王都監察局および今後の調査団
観察結果:
王都行政監察局のロイ・アルヴァン氏と接触。私が勇者召喚儀式で現れたユーマ・カンザキ本人であることを認めた。現時点では、王都への即時連行は保留。ルーベル冒険者ギルド監視下での経過観察扱い。
禁止事項:
大規模魔法実験。無許可の転移・召喚・通信具干渉。魔道具の勝手な改造。単独での街外移動。
今後、王都から調査団が来訪予定。構成員には王国魔導院レグナ卿、および第三王女リア・エルヴァルディア殿下。リア殿下は古代アストラ文字を一部解読可能との情報。
仮説:
勇者召喚陣には古代アストラ文字または古式刻印が含まれている。第三王女は、召喚陣と世界間移動理論をつなぐ重要人物となる可能性あり。
結論:
王族との接触は面倒だが、古代文字情報は極めて重要。
追記:
王族相手に失礼な発言をしないよう、ミラさんから強く注意された。努力する。ただし、古代文字の質問は避けられない可能性が高い。
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その日の解体場で、俺はいつもより少しだけ集中を欠いていた。ゴブリンの魔石を取り出しながらも、頭の片隅にはリア王女の名前が残っている。
リア・エルヴァルディア。古代アストラ文字。王国第三王女。地下図書館。どんな人物なのだろう。普通の王族なら面倒だ。だが、地下図書館に籠もり、古代文字を読んでいる王女。それは、少なくとも普通ではない。
ボルグが俺を見て言った。
「ユーマ」
「はい」
「魔石を持ったまま考え込むな。落とすぞ」
「すみません」
「王女が来るって聞いた」
「はい」
「厄介だな」
「はい」
「でも顔は楽しそうだぞ」
「古代文字に興味があります」
「王女じゃなくてか」
「はい」
ボルグは呆れたように笑った。
「お前らしいな」
夕方、ドルガンの店へ行くと、彼もすでに話を聞いていた。
「リア殿下が来るそうじゃな」
「有名なのですか」
「王族としてより、古代文字狂いとして有名じゃ」
「古代文字狂い」
「王族の茶会をすっぽかして地下書庫で石板を読んどるらしい」
「素晴らしいですね」
「お前はそう言うと思った」
ドルガンは古い術式板を机に置いた。
「殿下が来るなら、これも見せる価値があるかもしれん」
「これを?」
「古式刻印が混じっとる。儂には読めん。お前は流れが見える。殿下は文字が読める。合わせれば、何か分かるかもしれん」
俺は術式板を見た。古い刻印。細い魔力流路。読めない文字。もし、これを読める人間が来るなら。
胸が高鳴る。王族は面倒だ。それは変わらない。だが、古代文字を読む王女。それは、会ってみたい。俺はそう思ってしまった。
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同じ頃、王都。
リア・エルヴァルディアは旅支度をしていた。セシルが部屋の中央で頭を抱えている。
「リア様、本当に行くのですか」
「はい」
「陛下の許可は?」
「古式刻印調査協力として、レグナ卿が申請しています」
「それは建前ですよね?」
「建前も記録上は事実です」
「そういう問題ではありません」
リアは机の上に本を並べていた。古代アストラ文字の写本。召喚陣外周刻印の写し。王国地理書。ルーベル周辺の魔物図鑑。そして、ユーマ・カンザキの発言記録の抜粋。
彼女はその一文をもう一度読む。
――そして、もし可能なら、その世界の外側へ行きたい。
何度読んでも、胸の奥が静かに震えた。
リアは窓の外を見る。王城の庭。整えられた花壇。白い石壁。美しいが、閉じた世界。彼女はずっと、この城の中で文字を読んでいた。古い世界の記録を。消えた文明の痕跡を。
だが、初めて思った。文字の向こう側にいる誰かと、直接話してみたい。
ユーマ・カンザキ。危険人物。勇者候補。魔法解析者。世界の外側を望む者。彼は、古代アストラの文字に刻まれた問いと同じ方角を見ているのかもしれない。
「会えば分かります」
リアは小さく言った。セシルがため息をつく。
「その会えば分かる、で何度問題を起こしたと思っているのですか」
「記録していますか?」
「しています」
「後で見せてください」
「反省のためですよね?」
「興味があります」
「やっぱり駄目です」
リアは少しだけ首を傾げた。それから、ユーマの報告書を丁寧に鞄へ入れる。
ルーベルへ。古代文字を読むために。召喚陣を調べるために。そして、世界の外側を望むという奇妙な青年に会うために。
王都とルーベル。二つの場所で、同じ言葉が静かに動き始めていた。
外。門。世界。
まだ出会っていない二人の探究者は、それぞれ別の場所で、同じ問いに手を伸ばしていた。




