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どうやら帝国最強の魔導卿が愛子の帰る場所の一つになれたようです

「ははは、この『わいろ』の味、生涯忘れぬものになりそうだ。……では愛子よ、私からも返礼を贈らねばな」


 聖霊王が指先で空をなぞると、空間に散らばっていた星の欠片と、ミラが放った温かな魔力の残滓がひとつに溶け合い、二つの小さな結晶へと姿を変えた。


 それはミラの瞳の色を映したようにきらきらと輝き、彼女の両耳へふわりと吸い寄せられる。


「わぁ……。冷たくなくて、とっても温かい……」


 耳飾りが肌に触れた瞬間、ミラの視界は一変した。


 今まで「色」や「雰囲気」で感じていた精霊たちのささやきが、今度ははっきりとした言葉として頭の中へ流れ込んできたのだ。


『ミラ、大好き! お菓子、とっても美味しかった!』

『見て見て、私の羽、ミラの魔力でこんなに綺麗になったよ!』


「……すごい! 水ちゃん、碧ちゃん、紫ちゃん……みんなの声が、本当の言葉で聞こえる……っ」


 ミラが目を輝かせると、聖霊王は満足そうに微笑んだ。


「気に入ったかい? それは精霊だけでなく、風のささやきや水の歌さえも翻訳する耳飾りだ。君の『調律』の力は、これでもっと正確に、もっと優しく世界を整えられるようになるだろう」


「すごい……!」


 ミラはそっと耳飾りへ触れる。


 その小さな仕草さえ、庭にいる精霊たちにはたまらなく愛おしいものらしく、あちこちから喜びの光がぱっと弾けた。


 さらに聖霊王は、その耳飾りへ静かに魔力を注ぎ込む。


 すると結晶は一度だけ強く明滅し、聖霊の庭そのものと繋がったように淡い光を宿した。


「これで、どこにいてもこの耳飾りを頼りに『聖霊の庭』へ戻って来られる。君のための、小さな帰り道だ」


 ゼノスが息を呑む。


 それから深く、静かに頭を下げた。


「感謝いたします、聖霊王。……僕が彼女を守りきれない万が一の時、彼女に『逃げ場』があるということは、何よりも心強い」


 その声には、安堵と、ほんの少しの悔しさが滲んでいた。


 ゼノスはミラを隣へ引き寄せ、愛おしそうに囁く。


「……よかったね、ミラ。でも、僕も君をそこへ帰さなくていいように、今まで以上に全力で守らせてもらうよ」


「ふふっ、ゼノス様。頼りにしてます」


 ミラが笑って見つめ返すと、周囲の精霊たちが一斉に『ヒューヒュー!』と囃し立てた。


 その中で、ミラはふと驚いたように目を丸くする。


「……あれ? おぉー、ハクの声がちゃんと聞こえる! ミラうさぎも!」


 ミニ・ハクが得意げに胸を張る。


『当然だ。今までだって僕は立派に喋っていた』


「えっ、なんか急に偉そう!」


 ミラうさぎもぴょこんと耳を立てた。


『私はずっと一番の護衛だよ!』


「あはは! ほんとに喋ってる〜!」


 ミラは楽しそうに笑い、そして少し首を傾げる。


「……って、みんな男の子なのね。今さら知ったわ」


 照れくさそうに鼻を鳴らすミニ・ハクと、誇らしげに胸を張るミラうさぎ。


 主であるゼノスの魔力が形を成した彼らは、皆、ミラを守るための小さな騎士たちだったのだ。


 しばらくその賑やかなやり取りを楽しんでいたが、やがてミラの目元が少しとろんと緩み始めた。


 聖霊の庭は美しく、優しく、心地いい。

 けれど、あまりにも満ち足りた場所に長くいると、胸がぽわぽわしてくる。


 ミラはゼノスの袖を軽く引いた。


「……ゼノス様。一度、氷のお城に帰りましょうか? 少し眠くなってきました」


 ゼノスは一瞬、目を見開いた。


 聖霊王の聖域に比べれば、自分が急ごしらえで作った氷の城など、ささやかなものだと思っていたからだ。


 けれどミラは、その場所を確かに覚えていて、帰りたいと言ってくれた。


 胸の奥が静かに熱を帯びる。


 ゼノスは柔らかく目を細めた。


「もちろん。さあ、行こうか。僕たちの『家』へ」


 聖霊王が、少しだけ意地悪そうに、それでいてどこか優しい眼差しで二人を見た。


「まったく……帰る場所まで人間の男に取られてしまうとはね。愛子よ、君は本当に面白い」


「ふふ。だって、どっちも大事なんですもん」


 ミラの返答に、聖霊王はとうとう吹き出した。


「いいだろう。今日はその男に譲ってやる。だが、耳飾りは忘れるなよ。ここはいつでも君の庭だ」


「はい! ありがとうございます、聖霊王様」


 ミラが満面の笑みで手を振る。


 ゼノスはそんな彼女の腰を優しく抱き寄せると、空間をなぞった。


 ――シュンッ!


 瞬きの間に、周囲は星降る芝生から、透き通った青い氷の世界へと変わっていた。


 魔導卿がミラのために心血を注いだ、繊細で荘厳な氷の宮殿。


 誰もいない静かな城内に、ミラの足音がこつこつと心地よく響く。


「わぁ……! やっぱりここも大好き! ゼノス様、お掃除も魔法でばっちりですね」


「あぁ。いつでも君が戻って来られるようにしておいたんだ」


 ゼノスは低く甘く答えた。


「……さあ、ミラ。夕方まで、今度は二人きりでゆっくり過ごそう」


「あ、ハクやコハク、ミラうさぎを置いてきちゃったわ。ふふふ……戻るし、大丈夫ですよね?」


 ミラが悪戯っぽく見上げると、ゼノスは否定することなく優雅に微笑んだ。


「……あぁ。彼らなら、聖霊王が贅沢をさせてくれているはずだ。今は少しだけ、僕に独占させておくれ」


 部屋の中央には、深く沈み込むような大きなソファが置かれていた。


 ゼノスはそこへ腰を下ろすと、ミラを膝の上へ引き寄せる。


 壊れ物を扱うような繊細さで、けれど決して逃がさない腕の強さで、そっと抱きしめた。


「……ゼノス様?」


「何だい」


「なんだか、今日はいつもより静かですね」


「そうだね」


 ゼノスはミラの髪へ頬を寄せた。


「……君に『帰りたい』と言ってもらえたからかな。僕の作った場所が、君にとってもそうなれたのなら……今日はもう、それだけで十分幸せなんだ」


 ミラは少しだけ目を丸くしてから、ふっと笑う。


「じゃあ、ここはもう私の帰る場所の一つですね」


「……っ」


 その一言は、どんな精霊の祝福よりも深く、まっすぐゼノスの胸へ刺さった。


 彼は何も言えなくなったまま、ただミラを抱く腕に少しだけ力を込める。


 氷の城は静かだった。


 けれど、冷たさはどこにもない。


 聖霊の庭で贈られた帰り道と、魔導卿が用意した帰る場所。

 その両方を手に入れたミラは、今日も自分らしい笑顔で、世界の愛をまっすぐ受け取っていた。


 そしてゼノスは、その笑顔を誰より近くで見つめながら、二人きりの静かな時間を深く味わうのだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


ミラとゼノスの甘くて騒がしい物語を、最後まで見届けていただけて嬉しいです。


「面白かった」「続きや番外編も読んでみたい」と思っていただけたら、ブックマークやご感想をいただけるととても励みになります。

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