どうやら帝国最強の魔導卿は完結後も甘やかす気満々のようです
氷の城の大きなソファに腰を下ろし、ゼノスは膝の上のミラを壊れものみたいに抱きしめていた。
窓の向こうでは、夕方へ向かう光が青い氷の壁に淡く反射している。
聖霊の庭のきらめきとは違う、静かで澄んだ光だった。
「……ゼノス様?」
「何だい」
「なんだか、今日はいつもより静かですね」
ミラがそう言うと、ゼノスは少しだけ目を細めた。
「そうだね。……君に『ここへ帰りたい』と言ってもらえたからかな」
低く、甘い声だった。
「聖霊王の庭みたいな特別な場所じゃなくても、僕が作ったこの城を、君が好きだと言ってくれた。……それだけで、今日はもう十分すぎるくらい幸せなんだ」
ミラはぱちぱちと瞬きをしてから、ふっと笑った。
「じゃあ、ここはもう私の帰る場所の一つですね」
「……っ」
その一言は、どんな祝福よりも深く、まっすぐにゼノスの胸へ刺さったらしい。
彼は何も言えなくなったまま、ただミラを抱く腕に少しだけ力を込めた。
「あはは、苦しいですってば」
「……ごめん。けれど、今だけは許してくれないかな」
「今だけ、ですか?」
「……今日のところは」
「絶対また増えますよね?」
「増えるね」
「即答しないでください」
ミラは呆れたように言いながらも、結局その胸へ頬を預けた。
静かな空気の中、ミラの耳飾りが淡く光る。
すると、遠くから精霊たちの小さな声が重なるように届いた。
『ミラ、元気?』
『後から来てね!』
『そのお城も、すごく綺麗!』
「ふふ。聞こえます、みんなの声」
ミラが嬉しそうに目を細める。
「聖霊王様の庭も、ゼノス様のお城も、どっちも大好きです」
その言葉に、ゼノスはわずかに眉を寄せた。
「……どっちも、か」
「はい、どっちもです」
「僕としては、もう少しこちら寄りの答えを期待していたんだけれど」
「また重いこと言ってる」
くすくす笑ってから、ミラはゼノスの手を取った。
「でも、一番落ち着くのは、ゼノス様やみんながいるところですよ」
ゼノスが息を呑む。
ミラは照れくさそうに、それでもまっすぐ続けた。
「愛子だとか、精霊だとか、すごい力だとか……まだ分からないこともいっぱいあります。
でも、私が帰りたい場所は、ちゃんと分かってます」
ミラの指が、ゼノスの指へぎゅっと絡む。
「ゼノス様や、ハクたちや、コハクたちや、ミラうさぎや、側近さんもいて……そういう、騒がしくて、ちょっと大変で、でもあったかい場所が好きなんです」
その瞬間。
耳飾りがきらりと光り、どこか遠くで精霊たちの歓声が弾けた。
肩の上に戻ってきていたミニ・ハクが「キュゥ」と得意げに鳴き、床で丸くなっていたミラうさぎもぴょこんと耳を立てる。
さらに、ソファの背後からのそりと白い頭が現れた。
「わっ、コハク! いつの間に!?」
どうやら騎士団も、しっかりこの城へ戻ってきていたらしい。
コハクが甘えるように鼻先を寄せ、クウがその横へぴたりと並び、チョコは静かに足元へ伏せる。
テンは大きな翼を少しだけ広げて、部屋の空気をふわりと揺らした。
「……お前たち、少しは空気を読めないのかい」
ゼノスが低く呟く。
だが、その声には本気の怒りはなかった。
「(空気を読んだら、ミラのそばにいられないだろう)」
とでも言いたげに、ハクがきっぱり鳴く。
「ふふっ、みんなも『ここがいい』って言ってるみたい」
ミラが笑うと、ゼノスは諦めたように小さく息を吐いた。
「……まったく。君がいると、僕の独占計画はいつだって騒がしく崩れていくね」
「でも、ちょっと楽しそうです」
「……否定はしないよ」
ゼノスはミラの額へ、そっと口づけを落とした。
「ミラ。君が世界に愛される存在だとしても」
その紫の瞳が、どこまでも真剣にミラを見つめる。
「僕が欲しいのは、『愛子』だからじゃない。
……ミラ、君だからだ」
ミラは一瞬だけ目を丸くして、それから、ふにゃりと笑った。
「知ってます」
「……そう簡単に返されると、少し悔しいな」
「だって、ゼノス様ずっとそうでしたもん」
ミラはくすっと笑い、今度は自分からゼノスの首へ腕を回した。
「私も、ゼノス様だから一緒にいたいんです」
静かな沈黙。
それは息苦しいものではなく、ただあたたかく満ちるような沈黙だった。
窓の外では、夕暮れの光が氷の城をゆっくりと染めていく。
聖霊の庭で贈られた帰り道と、魔導卿が作った帰る場所。
その両方を手に入れたミラは、今日も変わらない笑顔でその真ん中にいた。
世界に愛された少女。
帝国最強の魔導卿。
伝説の騎士団。
小さな精霊たち。
大層な名前や祝福をいくつ重ねても、最後に残るのはきっと、こういう時間なのだろう。
甘くて、騒がしくて、少し重たくて。
けれど、どうしようもなく幸せな日々。
「……さて、ミラ」
ゼノスが再び甘い声を落とす。
「……まるで全部めでたく終わったみたいな空気だけれど、ミラ、分かってるよね?
僕はまだまだ君を甘やかし足りないんだよ?
ここから先、君が呆れるくらい、もっと重く愛していくつもりなんだから」
「ふふ。そうですね」
「つまり、これからも君を甘やかしていいということだ」
「そこに着地するんですか?」
「当然だろう?」
ミラは声を上げて笑った。
その笑い声に、騎士団が反応し、精霊たちがどこかで囁き合い、ミラうさぎが得意げに耳を揺らす。
世界に愛された少女は、それでもただ一人の魔導卿の腕の中で笑っている。
そしてその幸福は、きっとこれから先も――
少しずつ形を変えながら、甘く騒がしく、続いていくのだろう。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
本編後の二人の雰囲気も、少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。
ゼノスの溺愛は相変わらず重めですが、ミラならきっと上手に受け止め……いえ、たぶん時々逃げながら、賑やかに過ごしていくと思います。
また、別作品の二話完結短編も近日投稿予定です。
今度は、悪童王子を更生させた公爵令嬢と、立派になったのに弟扱いから抜け出せない元・悪童王子のお話です。
少しでも楽しんでいただけましたら、そちらも覗いていただけると嬉しいです。




