どうやら帝国最強の魔導卿が精霊王に本気で嫉妬したようです
聖霊王の腕からするりと抜け出し、ミラは迷わずゼノスの差し伸べた手を取った。
そして、そのまま彼の胸へ飛び込み、ぎゅっと抱きつく。
「聖霊王様。ゼノス様をこれ以上からかったら怒りますよ?」
少し頬を膨らませて睨まれると、世界の王ともあろう聖霊王が、まるで悪戯を見つかった子どものように「おっと」と肩をすくめた。
「……ふふ。手厳しいな。やはり愛子は、この男に骨抜きにされているというわけか」
ミラはゼノスを見上げ、きっぱりと言った。
「勝手に決めないでください。誰と居るかは、私が決めます」
ゼノスの顔から、先程までの凄まじい殺気が一瞬で霧散した。
「……っ」
ゼノスは完全に言葉を失う。
それから、ゆっくりと目を伏せた。
「……ぐうの音も出ない。申し訳ない、ミラ。君を想うあまり、勝手なことを言った……」
世界最強の魔導卿が、一人の少女の正論の前に、これ以上ないほど小さくなって頭を下げた。
聖霊王がとうとう吹き出す。
「くっ……はははは! 傑作だ! あの傲慢なゼノスが、完膚なきまでにやり込められるとは。愛子よ、君はやはり素晴らしい。この男の手綱を握れるのは、世界で君だけだ」
聖霊王は満足そうに目を細めると、ミラの肩に乗ったミニ・ハクを指先で優しく撫でた。
「いいだろう。今日は引くことにしよう。……だがゼノス、次はないぞ。愛子を悲しませれば、その時は本当に精霊界へ連れ去るからな」
そう言って聖霊王は少し距離を取り、淡い光の中へ身を溶かした。
けれど、その気配はまだ完全には消えず、星降る森の奥で静かに二人を見守っている。
その光を見送りながら、ミラはゼノスを見上げた。
「ねぇ、ゼノス様。私が『愛子』だって、気づいてたんですか?
聖霊さんたちのことは皆が知ってる範囲でしか知らないし……そんな大層な名前が、私につくなんて思いもしませんでした」
「……確信はなかったけれど、予兆はいくつもあったよ」
ゼノスはミラの髪をそっと撫でる。
「君が僕の魔力を優しく整えてしまうこと。何より、僕にかけられたあの呪いを、君が試作した『ブレスレット』だけで解いてしまった時に……もしかしたらとは思ったんだ」
「ふーん……」
ミラは少し考え込むように首を傾げた。
「その愛子がすごいんだろうなってことは分かったんですけど……だから何なんですかぁ?」
「…………」
ゼノスが絶句する。
世界の理を覆すほどの特別な称号を聞かされてなお、ミラはまるで晩ごはんの相談でもするみたいな気軽さだった。
淡い光の向こうから、聖霊王の呆れたような声が届く。
「……つくづく無欲な子だね、愛子」
「え、無欲じゃないですよ?」
ミラはむしろえっへんと胸を張った。
「ゼノス様やハクたちと、いっぱい遊びたいです!」
一本、指を立てる。
「聖霊王様に、昔のお話をたくさん聞きたいです! あ、ついでに愛子についても、精霊についても聞きたいです」
二本目。
「美味しいものをいっぱい食べたいですし、戦争とか病気とかは嫌です!」
三本目。
その欲の並びが、あまりにもミラらしかった。
ゼノスと聖霊王は、ほとんど同時に吹き出した。
「……ふふ。ゼノスよ、やはりこの子は君の手には負えない。世界を欲しがるより、お前との遊びの時間を欲しがるとはな」
「……あぁ、全くその通りだ」
ゼノスは苦笑しながら、けれど嬉しそうに目を細める。
「だが、その欲を全部叶えることこそが、今の僕の唯一の望みだよ」
「……あ、そういえば」
ミラは自分の胸元へ手を当てた。
「聖霊王様に会ってから、なんだか体の中で魔力がぐるぐる回ってる感じがします」
「それは、さっきの口づけのせいだね」
再び聞こえた聖霊王の声は、先程よりもずっと穏やかだった。
「今までは無意識に漏れ出していた君の膨大な魔力を、あの儀式で安定させたんだ。これからは、今まで以上に思うがままに術式を扱えるようになるはずだよ」
「なるほど〜! ありがとうございます、聖霊王様」
ミラは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔に、ゼノスは半ば呆れ、半ば降参したようにため息をつく。
「……君は本当に、何を聞いても君のままだね」
「だって、私ですから」
ミラはあっさり答えた。
その瞬間だった。
胸の奥で、さっきからぐるぐるしていた熱が、ふいに強く脈打った。
「……あれ?」
ミラが目を丸くする。
彼女の指先から、ふわりと見覚えのない光が零れ落ちた。
零れた魔力は、足元の星の結晶へ触れた途端、まるで呼応するように森全体へ広がっていく。
ちりん。
ちりん、ちりん――
さっきまで静かだった結晶たちが、一斉に歌うように鳴り始めた。
ゼノスが息を呑む。
「……ミラ?」
淡い光の向こうで、聖霊王が静かに笑う。
「どうやら、目覚めるようだね。君だけの、新しい力が」
星降る森の最奥で。
全精霊に愛される少女の魔力が、いま静かに世界を書き換えようとしていた。
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