どうやら帝国最強の魔導卿が世界そのものに嫉妬しているようです
『星の祭壇』の輝きが最高潮に達した、その瞬間だった。
世界が、音もなく塗り替わる。
ミラが呆然と見守る中、祭壇に現れた精霊の幻影を振り払ったゼノスは、ミラの隣に“彼”が現れた瞬間、弾かれたように顔を上げた。
「……ッ、聖霊王!
その不浄な手で、僕のミラに触れるな!!」
ゼノスの周囲に、今まで見たこともないような漆黒と銀の魔力が渦巻いた。
星の結晶たちが、びりびりと悲鳴を上げるように震え出す。
「見つけたよ、愛子。やっと会えた」
ミラを後ろから抱きしめ、あろうことかその唇を奪った美しい男――聖霊王は、ゼノスの殺気など意に介さず、ミラの髪へ愛おしそうに指を絡めた。
「う、わぁ……!?
えっ、聖霊王? 愛子……?」
ミラはあまりの急展開に固まった。
聖霊王の腕の中は、ゼノスの魔力とは違う。
世界そのものに愛されているような、圧倒的な全能感と慈しみに満ちていた。
「ゼノスよ、久しいな」
聖霊王は、意地悪く、それでいてこの世のものとは思えないほど美しい微笑を向ける。
「この子が全精霊に祝福された特別な存在――『愛子』だと分かって、ここへ連れてきたのだろう?
ならば、僕が迎えに来るのは当然のことだ」
「黙れ」
ゼノスの瞳が、怒りと嫉妬で深く燃え上がる。
「彼女は僕の……僕だけのミラだ。
精霊の王だろうと、僕から彼女を奪うことは許さない」
背後では、コハクやクウたちまでも低く唸っていた。
だがその唸りには、敵意だけではない戸惑いも混じっている。
「……いとしご? って何?」
一触即発の空気の中、ミラの素朴な問いが響いた。
聖霊王は、ミラをさらに深く抱き寄せたまま答える。
「人は、特定の精霊に愛されることがある。
強大な魔導師は、上位精霊と契約を結ぶこともできる」
その瞳が、静かにミラへ落ちる。
「だが君は違う。
君は属性も理も越えて、この世の全精霊から魂そのものを愛される存在――数千年に一度の『愛子』なんだよ」
ミラは息を呑んだ。
聖霊王の声は甘い。
けれど、その言葉の重さはゼノスの執着とは別の意味で逃れようがなかった。
「君は、全精霊にとっての至宝だ」
聖霊王は静かに微笑む。
「僕たちが君へ向ける愛は、根源的で、純粋な魂の渇望だ。
……だがゼノス、お前は欲深いな。愛子であることを知りながら、それを独り占めし、あまつさえ『女』として繋ぎ止めようとするとは」
「黙れ……!」
ゼノスの声が震える。
「契約だの理だの、そんなものはどうでもいい!
ミラが隣にいたいと願い、その唇を許すのは僕だけだ!
聖霊王、その腕から今すぐミラを離せ!!」
空気が軋む。
ゼノスが本気で怒っている。
それだけではない。
彼は、怯えていた。
聖霊王の腕の中で、ミラはその感情に気づいてしまった。
怒りの奥にあるもの。
それは、失うことへの恐怖だった。
「……ゼノス様、待って。喧嘩しないで……!」
ミラが思わず声を上げる。
肩の上のミニ・ハクも、畏怖と親愛の入り混じった複雑な鳴き声を漏らしていた。
コハクたちもまた、戦うべきか、跪くべきか、世界の理そのものである聖霊王を前に一歩も動けない。
ゼノスはそんな騎士団さえ見ていなかった。
ただ、ミラだけを見ている。
「……ミラ」
彼はゆっくりと手を伸ばした。
その声は、今まで聞いたことがないほどかすれていた。
「……君は、そいつのところへ行くつもりかい?」
祭壇の光が、揺れる。
「僕の愛では、精霊たちの祝福には勝てないと言うのか……?」
それは怒りではなかった。
最強の魔導卿が、初めて剥き出しにした絶望だった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマークや評価いただけると励みになります。




