どうやら帝国最強の魔導卿のお忍び旅行が豪華すぎるようです
「……ふふ。これでは一生、目的地に着けそうにないからね。ミラ、特等席を用意したよ」
ゼノスが指先を優しく翻すと、足元の空間が凍りつき、ダイヤモンドダストがふわりと舞い上がった。
現れたのは、透き通るような氷で編み上げられた巨大な魔法のソリだった。
内部には、ミラが愛してやまない毛皮がこれでもかというほど敷き詰められ、全体を春みたいに温かな魔法の膜が包んでいる。
「わぁ……! すごい、お空飛ぶソリだぁ……っ!」
ミラが目を輝かせる。
ゼノスはそんな彼女を抱き上げたまま、当然のようにソリへ乗せ、自分も隣へ腰を下ろした。
するとソリは静かに浮かび上がり、眼下に広がる真っ白な雲海へ向かって滑り出す。
その周囲では、本来の力を取り戻した伝説の騎士団が、ミラを守るように完璧な布陣を敷いていた。
先頭ではテンが黄金の翼を雄大に広げ、気流を読みながらソリの揺れを完璧に抑えている。
右側にはクウが銀毛をなびかせながら並走し、流れていく雲を「(あれは食べられるのか?)」とでも言いたげに不思議そうに眺めていた。
左側ではチョコが神々しい角を朝焼けに輝かせ、静かに寄り添うように走っている。
真横には巨龍ハクが悠然と雲海を泳ぎ、時おり大きな瞳をミラへ寄せて「(楽しんでいるか?)」と問いかけるように鼻先を近づけた。
そしてソリの先端、一番の特等席には、もちろんミラうさぎがちょこんと陣取り、向かい風に耳をぱたぱた揺らしていた。
「すごい……みんな、騎士様みたい……!」
ミラが感激したように声を漏らす。
その後ろでは、見上げるほど大きなコハクがどっしりと構え、ミラのための最高級クッションになっていた。
「えへへ、コハク、あったか〜い! 最高の枕だねっ♪」
ミラは白銀の毛並みに包まれたふかふかのお腹へ嬉しそうに寄りかかる。
コハクも「(存分に甘えるがいい)」と言わんばかりに大きく喉を鳴らし、彼女を優しく受け止めていた。
「……ミラ。君がそんなに楽しそうなら、僕の嫉妬も少しは収まるというものだよ」
ゼノスはミラの肩を抱き寄せる。
ちょうどその時、雲海の彼方から黄金の朝日が昇り、氷のソリと騎士団をまばゆいばかりに染め上げた。
「見て、ゼノス様! 世界がキラキラしてる……!」
「あぁ。……でも、僕にとっては朝日に照らされて笑っている君の横顔の方が、世界で一番眩しくて綺麗だよ」
「朝から重いです」
ミラは笑いながらも、少しだけ頬を赤くした。
やがてソリは、きらめく森の上空へ差しかかる。
「ゼノス様、この先は何があるんですか?」
「古の時代に、星が地上へ落ちた跡だと言われている場所だよ。
――『星降る結晶の森』。君ならきっと気に入ると思っていた」
目の前に広がるのは、木々そのものが透明な結晶でできた神秘的な森だった。
枝先からは本物の星の欠片みたいな光が雫のように垂れ下がり、地面には無数のきらめきが散っている。
風が吹くたび、ちりん、ちりんと、ガラス細工が触れ合うような清らかな音が森の奥まで響いた。
「わぁ……っ! まるで空の上が、そのまま森になったみたい……!」
ミラが息を呑む。
森の中の細い道へ入るため、巨龍ハクがふわりと空中で身を翻した。
眩い光とともにその巨体がみるみる縮んでいき、魔塔にいた頃と同じミニサイズへ戻る。
「あはは! ハク、お帰りなさい♪」
ハクはミラの右肩へちょこんと乗り、首元へ顔を寄せて満足そうに喉を鳴らした。
一方でコハクたちは中型のまま、二人の数歩後ろを頼もしい騎士団のように列を作って歩き始める。
「さあ、行こうか。……足元が滑りやすいから、絶対に手を離さないでね」
ゼノスはミラの指の間へ自分の指を深く絡めた。
結晶の床に反射する星の光が二人の影を長く伸ばし、まるで宝石箱の中を散歩しているような気分になる。
「ゼノス様、この星の欠片……なんだか温かいです」
「……あぁ。それはね、君が今とても幸せな気持ちでいるからだよ」
ゼノスは繋いだ手を少しだけ掲げた。
「この森の結晶は、触れる者の心の温度を映し出すんだ。
……ほら、僕たちの手を通じても、こんなに光が溢れている」
二人の指先から滲んだ魔力が周囲の結晶へ共鳴し、森全体が一段とまばゆい光に包まれる。
ミラはその光を見つめたまま、小さく笑った。
「……すごい。なんだか、この場所までゼノス様に祝福されてるみたい」
「違うよ、ミラ」
ゼノスは優しく目を細める。
「祝福しているのは、僕じゃない。
君が幸せだから、世界の方が勝手に輝いているんだ」
星降る結晶の森の奥へ、二人はゆっくりと足を進めていく。
肩には小さな龍とうさぎ。
背後には頼もしい騎士団。
そして繋いだ手の先には、まだ誰にも知られていない、二人だけの時間が続いていた。
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