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どうやら帝国最強の魔導卿が毛玉に負けそうです

「あ、……わわっ!?」


地上でコハクたちの「もふもふ地層」に埋もれていたミラの身体が、ふわりと宙に浮いた。


見上げれば、月光を浴びて黄金に輝く巨大な翼。


四メートルを超える巨鷹・テンが、ミラの服の襟元を器用に嘴でつまみ上げ、自分の方へ引き寄せていたのだ。


「あはは! テンもヤキモチだぁ。仲間外れは嫌だったんだね?」


テンはミラを優しく、けれど確実に自分の翼の付け根――最も羽毛が深く、温かな場所へと下ろした。


そこは外の冷気を完全に遮断する、最高級の羽毛布団を何枚も重ねたみたいな白銀の繭。


ミラは思わず、その圧倒的な弾力と温もりに顔を埋める。


「テンも大きくてカッコいい! 羽根がつやつやで、すごく力強いね……!」


「(……ピィィ……!)」


ミラに褒められ、顔を埋められたテンは満足げに鋭い鳴き声を上げ、その巨大な翼でミラを包み込むように閉じた。


それは地上にいるコハクたちや、そして何より主であるゼノスを寄せ付けないための、完璧な羽毛の城壁だった。


「……おい。テン、お前まで僕のミラを連れ去るというのか」


地上でコハクたちを追い散らした直後、今度は空中に「ミラの入った羽毛の塊」が鎮座しているのを見上げ、ゼノスは震える声で言った。


「……テン、降りてきなさい。それは僕の魔力だろう?

 僕の命令を聞かないなんて、反逆罪だよ」


「(……プイッ)」


テンはゼノスの言葉を完全に無視した。


ゼノスの魔力から生まれたはずの彼らは、今や「ミラに愛でられること」が最優先事項らしい。

主の命令よりも、ミラの「カッコいいね♡」の一言の方が重いようだ。


「……あはは、ゼノス様、そんなに怒らないで! テンの羽根の付け根、すっごくあったかいですよ!」


「……ミラ。君を喜ばせるために彼らを本来の姿に戻したが、完全に裏目に出たね。

 これでは、僕が君を抱きしめる隙間がどこにもないじゃないか……!」


そんなゼノスの嘆きをよそに。


「ぷはぁ〜っ!」


黄金に輝くテンの巨大な羽毛の波をかき分けて、ひょこっとミラが顔を出した。


深い羽毛に埋もれていたせいで、髪はあちこち跳ね、頬はぽかぽかと赤らんでいる。

その姿はまるで、伝説の巨鳥の巣から生まれた、世界で一番愛らしい雛鳥のようだった。


「ゼノス様〜! みてみて〜、私も毛玉〜♪」


ミラはテンの真っ白なダウンにくるまったまま、両手をぱたぱた動かして、満面の笑みで自分を「毛玉」だと宣言した。


その瞬間。


銀月の高地に、しんと静寂が落ちた。


「…………っぐ!!」


まず、ゼノスが胸を押さえてその場に膝をついた。


最強の魔導卿として、数々の禁呪を無傷で退けてきた彼だったが、ミラの「毛玉宣言」という名の純粋無垢な直撃弾には、理性が一切通用しなかった。


「……ミラ。君は、僕を殺す気かい?

 なんだ、その、破壊的な可愛さは……」


ゼノスだけではない。


周囲を囲んでいた巨大な魔獣たちも、次々に陥落していった。


コハクは「くぅ〜ん」と情けない声を漏らし、お腹を見せて芝生を転げ回る。

クウは衝撃のあまり喉が詰まり、「ふぇっ」と変な声を出したまま固まった。

チョコは角を激しく震わせ、興奮のあまり周囲へダイヤモンドダストを大量発生させている。

ハクに至っては、空中で一瞬飛行の姿勢を崩し、顔を真っ赤にしたまま雲の中へ逃げ込んでしまった。

そしてテン自身も、ドヤ顔すら忘れてミラを包み込むように羽毛をさらに膨らませ、一回り大きな「親毛玉」となって震えている。


「あはは、みんなどうしたの? 具合悪いの?」


「……具合が悪いどころじゃないよ。

 心臓が、幸福の過剰摂取で破裂しそうだ……」


ゼノスはふらふらと立ち上がると、テンの羽根の中から、愛しい「小毛玉」を巣から取り出すみたいにそっと抱き上げた。


「あ、ゼノス様」


「……もう、ダメだ。ミラ。

 今日はお忍びどころか、僕の心臓が持たない」


 ゼノスはミラを抱えたまま、苦しげに、それでいて幸せそうに目を細める。


「あぁ……もう一回。

 もう一回だけ、さっきのやつを言ってくれないか。……僕の耳元で」


「もう、ゼノス様。大げさですよ〜! 毛玉ですよ、毛玉!」


ミラが笑って言う。


その無邪気さに、ゼノスはとうとう観念したように吐息を漏らした。


「……狡いな、君は」


そう呟いて、ミラをいっそう深く抱きしめ直す。


銀月の下。


巨大な魔獣たちに囲まれながら、最強の魔導卿は、世界で一番愛らしい毛玉を腕の中へ閉じ込めて、しばらく離そうとしなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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