どうやら帝国最強の魔導卿の騎士団が大きすぎるようです
「……ふふ。君がそう望むなら、世界の果てだろうと、伝説の楽園だろうと一瞬だよ。
そうだね、ここからずっと北――人間が一生かけても辿り着けない『銀月の高地』へ行こうか」
ゼノスが静かに指を振ると、足元から幾重にも重なる巨大な魔法陣が浮かび上がり、幾何学模様を描きながら夜空へと立ち昇った。
視界が白銀の光に包まれる。
次の瞬間――二人の足元には、氷の結晶が花のように咲き乱れる神秘的な高地が広がっていた。
空は濃紺に澄み渡り、すぐ近くに感じられる巨大な銀の月が、世界のすべてを白く照らしている。
「くしゅっ……わぁ、綺麗……!」
「おっと、いけない。ここは零下を下回るからね」
ゼノスは即座にミラの足元へ小さな魔法陣を付与した。
瞬時にミラの身体を柔らかな熱の膜が包み込み、刺すような冷気は春の日だまりのような心地よさへ変わる。
「さて……みんな、お待たせ。ここなら、誰に気兼ねする必要もない。
……本来の姿に戻るといい」
ゼノスの声に応じるように、ミラのポケットや肩から飛び出した小さな影たちが、地面へ着地すると同時に爆発的な魔力を放った。
咆哮と共に光が膨れ上がる。
まず現れたのは、岩山のような筋肉を備えた白虎のコハク。
続いて、星を貫きそうなほど神々しい角を持つ大鹿のチョコ。
冷気をまとった銀毛をなびかせる孤高の狼、クウ。
翼を広げれば東屋ひとつ覆い尽くしそうな巨鷹、テン。
そして最後に、雲を割って現れたのは、真珠色の鱗を輝かせる伝説の巨龍ハクだった。
あまりの巨躯。
あまりの威圧感。
ゼノスも、騎士団も、一瞬だけミラを不安そうに見つめた。
人ならざる畏怖の対象である自分たちの本性を見て、彼女が怯えてしまうのではないかと。
だが――
「みんな……っ、大き〜い♡ 凄〜い♡ かっこいい〜♡」
ミラの口から飛び出したのは、弾けるような歓喜の声だった。
彼女は恐れるどころか瞳をきらきらと輝かせ、巨大なコハクの足元へ駆け寄る。
「ゼノス様! 本当の姿の皆に会えた〜! ありがとうございます♪」
そのまま振り返り、幸せを噛みしめるみたいにゼノスの胸へ飛び込んだ。
「……っ。ミラ。君という人は、本当に……」
恐怖ではなく、純粋な賛美で受け入れてくれた。
その事実だけで、最強の魔導卿は今度こそ完全に陥落した。
――そして、安心した騎士団もまた、一斉に動き出す。
最初に甘えてきたのはコハクだった。
見上げるほど大きな身体が、嬉しそうに頭を寄せてくる。
それだけでミラの視界は真っ白な毛並みで埋まり、巨大な鼻先が彼女の小さな身体をぐいっと押し上げた。
「わわっ、コハク、大きい……! あはは、くすぐったいよ!」
そこへ、銀狼のクウが反対側から滑り込み、ミラの背中を支えるように銀毛の壁を押し当てる。
さらに、空から降りてきたハクが山みたいな鼻先を目の前へどんと置いた。
気づけばミラは、虎の腹と狼の背中、そして龍の鱗に挟まれ、文字どおりもふもふの地層の中へ埋没していた。
「……あはは! みんな、待って! 見えない、前が見えないよー!
でも幸せ……っ!」
「………………」
数歩離れた場所で、ゼノスは呆然と立ち尽くしていた。
ついさっきまで、自分の胸へ飛び込んできたミラ。
銀月の下で、二人きりで甘い時間を過ごすはずだったのに。
その自分の魔力の分身たちが、主である自分を完全に無視してミラを物理的に独占している。
「……おい。お前たち。いい加減にしたまえ」
低く、冷たい声。
だが、コハクたちは尻尾をぶんぶん振って、さらにミラへ密着した。
「……ミラ! ミラ、どこだい!? 返事をしてくれ!」
「ゼノス様ー! ここです、ここ! コハクの右耳のあたりにいまーす!」
もふもふの隙間から、楽しそうな声が返ってくる。
ゼノスの額に、ぴきりと青筋が浮かんだ。
「……っ。主である僕を差し置いて、あろうことか僕のミラを埋めるとは……。万死に値するね」
ぱちん、と鋭く指が鳴る。
周囲の重力が一変した。
「……そこをどけ。僕のミラを、一刻も早く解放するんだ」
凄まじい威圧を放ちながら、ゼノスはもふもふの壁を強引に割って進み、中から髪をくしゃくしゃにしたミラをひょいと抱き上げた。
「あ、ゼノス様!」
「……もう、君を巨大化させるんじゃなかったよ。
せっかく二人きりになれる場所へ来たのに」
ゼノスはミラを腕の中へがっちり固定し、近寄ろうとするコハクたちを鋭い眼光で牽制する。
頭上ではミラうさぎだけが「(作戦成功ね)」と言いたげなドヤ顔で耳を揺らしていた。
「ふふ、ごめんなさい、ゼノス様。でも、みんなの本来の姿、本当にかっこよくて……。ねぇ、拗ねないでください?」
ミラはゼノスをのぞき込み、やわらかく微笑んだ。
その瞬間、ゼノスの怒りは春の雪みたいにあっけなく溶け去った。
「……っ。狡いな、君は。
そんなことをされたら、許さざるを得ないじゃないか」
銀月の下。
巨大な魔獣たちに囲まれながら、ゼノスはミラを離さないよう、いっそう深く、甘く抱きしめ直すのだった。
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