どうやら帝国最強の魔導卿が自分の魔力に嫉妬しているようです
「捕まえた……。
ハク、訓練は外で。そして、ミラを乗せないでしてくれるかな?」
珍しく余裕のない声でゼノスが言う。
ハクに乗ったミラは楽しそうに笑い、さらに四体も加わって――再びミラの奪い合いが始まりかけた、その時だった。
「……主様。ミラ様。
……見てください、この惨状を」
側近の声が静かに落ちた。
「魔塔の廊下が、まるで高級絨毯でも敷き詰めたかのように、主様の『感情』で埋め尽くされています」
指し示された先には、銀や茶の毛が積もった廊下。
その背後では、掃除用具を手にした魔導師たちが、遠い目で立ち尽くしていた。
「今から全員で大掃除――
もとい、微細な魔力操作で毛一本残さず回収する『特別訓練』を開始します。
……よろしいですね?」
静かな圧だった。
「あはは、側近さん怒ってるー。……よし、私もやる〜」
ミラは軽い調子で列に加わる。
周囲が杖を構え、詠唱を始める中――
ミラだけが、ふわりと空中に手を伸ばした。
「……ミラ? 掃除なら僕が一瞬で――」
「ダメです。これは『訓練』なんですって。
……それに、いい糸がいっぱいありますし」
ミラの視界には、ゼノスの感情から溢れた魔力が「銀糸」のように見えていた。
それを指先で掬い上げる。
絡める。
交差させる。
まるで編み物のように。
「えっ……詠唱なしで魔力を固定しているのか……!?」
魔導師たちがざわめく。
ミラの指先は止まらない。
するすると、魔力が「形」になっていく。
やがて――
三つの「網」が完成した。
青白く透き通る、精緻な構造。
「はい、できた!」
ミラが軽く手を叩く。
網たちは意思を持ったように動き出した。
床へ吸い付き、
走り、
毛を吸い込み、
回収していく。
まるで生きているように。
「な……なんだあの術式……」
「構造が複雑すぎて解析できない……!」
ゼノスはそれを見て、呆れたように笑う。
「……ミラ。君は本当に天才だね」
ミラは戻ってきた網たちをまとめて受け止め、するりと解いた。
「すごーい! 応用効くじゃん!」
「……ミラ様。
……その網、後ほど量産可能でしょうか」
側近の目が光る。
廊下はいつの間にか、魔術訓練場ではなく、奇妙に賑やかな空間へと変わっていた。
やがて掃除は終わり――
網たちは自ら水場へ向かい、洗われ、再び戻ってくる。
キラキラと輝きながら。
「すごい……自分でお手入れまで……!」
ミラが笑うと、網たちは嬉しそうに彼女へ寄ってきた。
頬に触れ、
指に絡み、
甘えるようにまとわりつく。
その時。
「……ミラ」
低い声。
振り返ると、ゼノスがいた。
明らかに不機嫌な顔で。
「それを、いつまで構っているんだい?」
「え? だって可愛いじゃないですか」
「……解きなさい」
即答だった。
「僕に戻せ」
網の一つがミラの首元に絡むのを見て、ゼノスの瞳が僅かに揺れる。
「いいじゃないですか、便利ですし――」
その瞬間。
網たちはゼノスの圧を無視し、むしろミラへと密着した。
守るように。
当然、五体も反応する。
低く唸る。
空気が張り詰める。
「……僕の魔力のくせに、僕よりミラに懐くとは」
「えぇ!? そこ嫉妬するんですか!?」
ゼノスは一歩踏み込む。
ミラを引き寄せ、網を剥がそうとする。
だが――
剥がれない。
編み目が、拒否している。
「……命令を聞かない、だと……?」
ゼノスは一瞬だけ言葉を失った。
「……ミラ。君は一体、何を編んだ?」
「えー……多分、ゼノス様の“離したくない”がそのまま形になっただけじゃないですか?」
沈黙。
そして――
顔を伏せる。
耳まで赤く染めて。
「…………責任、取ってよね」
低く、くぐもった声。
「その網も、この僕も。
……君が最後まで面倒を見るんだ」
魔塔の廊下に、奇妙な静けさが落ちる。
けれど次の瞬間には、
網と使い魔と魔導卿による、甘すぎる争奪戦が再び始まっていた。
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