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どうやら帝国最強の魔導卿が本気で粛清しかけたようです


「……みんな? 大丈夫?

 ……ゼノス、さま?」


 ミラは、五体の動きがぴたりと止まり、その毛並みが逆立つのを見て、ただ事ではないと察した。


 ハクたちの魔力が、引き剥がされるようにゼノスへと流れていく。


「……まずい感じ?」


 五体の険しい表情に、ミラは弾かれたようにソファを立った。


 廊下に出る。


 ――静かすぎる。


 いや、違う。


 魔力の密度が高すぎて、音が押し潰されているのだ。


 そっと扉を開けた瞬間――


 地獄が広がっていた。


 紫色の魔力が渦を巻き、フェリシア姫と兵士たちの周囲の空気が歪み、圧縮されている。


 姫は声も出せず膝をつき、兵士たちは武器を落として悶絶していた。


「……目障りだ」


 一瞬の静寂。


「――消えろ。僕の視界からも、この世界からも」


 ゼノスの声は、ミラの知る甘さなど一切ない――死神の宣告だった。


 周囲の魔導師たちが必死に止めようとしている。

 だが、誰一人、その領域に踏み込めない。


「ゼノスさま!!」


 ミラは迷わず駆け出した。


 そして――背中にしがみつく。


「ゼノスさま、多分やり過ぎです!!

 それ、絶対あとで後悔するやつです!!

 お願い、やめてください!!」


 温もりが触れた、その瞬間。


 パリン――


 硝子が割れるような音とともに、空間を支配していた圧力が霧散した。


 空気が戻る。

 姫も兵士も、その場に崩れ落ちた。


「…………ミラ?」


 ゼノスが振り返る。


 濁っていた紫の瞳が、ミラを見た瞬間、ゆっくりと光を取り戻していく。


「……どうして出てきたんだ。

 ……汚らわしいものを見なくていいと言っただろう」


「見てなくても分かりますよ。やり過ぎですって」


 ミラは少しだけ睨む。


「……死んじゃいます。

 そんなの、後味が悪いのでご飯が美味しくないです!」


 その言葉に、ゼノスは完全に動きを止めた。


 そして――ミラを引き寄せる。


 壊れ物のように、強く。


「……君が困るなら、やめよう」


 低く、落ち着いた声。


「……だが、ミラ。

 こいつは、君の平穏を奪おうとした」


 肩に顔を埋める。


「……僕には、許せない」


 床の姫など、もう見ていない。


 側近が一歩前へ出た。


「……助かりましたね、皆様。

 あと一秒遅れていれば、消滅していましたよ」


 冷ややかに兵士たちを拘束していく。


 その時――


「……っ、ハァ、ハァ……!

 ゼノス、その女を渡しなさい!」


 フェリシア姫が、ミラを睨みつけた。


 その瞬間。


「――グルルゥ……!!(させない!!)」


 五体が変わる。


 小さな身体が膨れ上がり、中型の猛獣へ。


 ミラを囲み、牙を剥く。


 だが――ミラには甘える。


 裾に顔を寄せ、守るように寄り添う。


「な、なによ……!

 私には懐かなかったくせに……!」


「――黙れと言ったはずだ」


 空気が凍る。


 ゼノスが一歩前へ出る。

 ミラを背に隠して。


「婚約者気取りで、ミラを下賤な女と呼んで――

 ……よくもまあ、その口で言えたものだ」


 冷たい視線。


「ミラは僕の命の恩人であり、

 僕が全霊を賭けて守ると決めた唯一の存在だ」


 兵士たちを一瞥する。


「僕に呪いをかけた罪。

 そして、ミラを傷つけようとした罪」


 静かに告げる。


「……フェリシア。

 君に“来週”は来ない」


「なっ……私は第一皇女よ!?」


「陛下には証拠を送ってある」


 淡々と。


「……もう、君に居場所はない」


「連れて行け」


「御意に」


 側近が迷いなく動く。


 絶叫する姫は、そのまま連行された。


 静寂。


 ミラはハクの首にしがみついたまま、小さく呼ぶ。


「……ゼノス、さま……」


 ゼノスは振り返る。


 そして――優しく抱き寄せた。


「……もう大丈夫だ」


 穏やかな声。


「あんな言葉に、心を割く必要はない」


 五体が足元に寄る。

 守るように。


「……ミラ」


 ゼノスは額に口づけた。


「……あの日から」


 静かに。


「……僕の婚約者は、君ただ一人だけだ」


 その瞬間。


 ミラの中で、張り詰めていた何かがほどけた。


「……あ」


 息が抜ける。


 逃げられなかったわけじゃない。

 きっと、自分から離れなかったのだ。


 魔塔の最上階。


 ミラはほんの少しだけ――

 ゼノスの隣にいることを、自分から望み始めているのかもしれなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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