どうやら帝国最強の魔導卿の過去が迫ってきたようです
「……ちょっと、ゼノス様。その顔、
完全に『消し炭にしてやる』って顔になってますよ。落ち着いてください」
ミラは、殺気を放ちながら扉へ向かうゼノスを横目に、メイドたちが用意した外出着へと着替えた。
あの際どい寝間着ではなく、きちんとした服だというだけで少し安心する。
「……落ち着いているよ、ミラ。
……ただ、僕の庭に迷い込んだ羽虫を、二度と飛べないように仕分けるだけだ」
「それが一番怖いんですってば!」
ゼノスは側近を伴い、そのまま部屋を出ていく。
ミラは、その背中を見送ることしかできなかった。
――“アレ”。
ゼノス様を縛りつけるために呪いをかけたという、あの姫様。
「……はぁ……。
ハク、コハク……なんだか、嫌な予感するよね」
ミラはソファに腰を下ろし、五体を手招きした。
ハクは膝の上に丸まり、コハクとクウが左右を固める。
テンは肩で周囲を警戒し、チョコは足元に伏せた。
完全防御体勢である。
「キュゥ……」
ハクが手のひらを舐める。
その温もりに、少しだけ呼吸が落ち着いた。
ふと、ミラは窓の外を見る。
「……あれ?」
地面が、妙に遠い。
まるで、この塔ごと外の世界から切り離されているみたいだった。
けれど、今はそれを深く考える余裕はない。
「……私のワゴン、どうなったのかな」
その時だった。
ドォン!!
下階から爆発音が響く。
続いて、甲高い叫び声。
「――ゼノス!!
私の婚約者、ゼノス!!
どこにいるの!?
その下賤な女を今すぐ連れてきなさい!!」
「……あ。来た」
ミラはハクをぎゅっと抱きしめた。
静かに、覚悟を決める。
けれど――
「あー……そっか。
あの姫様か」
自分でも不思議なくらい、声は落ち着いていた。
「有名だったもんね。
お似合いの婚約者同士って」
遠くで破壊音が響く。
それでも、ミラの心は少しずつ静かになっていく。
「あ……そっか。
私、ちょっと引け目感じてたんだ」
ぽつりと呟く。
「悪いことしてる気がしてたんだ……」
一度、言葉を切る。
「……二人の仲に割り込んだって、勝手にそう思ってた。
でも、違うよね」
あの日の路地裏を思い出す。
ボロボロで、呪いに蝕まれていたゼノスの姿を。
「姫様なら、助ける方法なんていくらでもあったはずでしょ」
もしそれが“愛”なら。
ミラはきっぱりと言い切った。
「……センス、最悪だよね」
職人としての断定だった。
「未完成どころか……廃棄品」
ミラは決めた。
――本人の口から聞く、と。
まだ知らないことは多い。
けれど、信じるものはもう決まっている。
腕の中の温もりと、あの重すぎる愛だけだ。
「……なんで、あんなに気にしてたんだろ」
ぱっと顔を上げる。
「……よし、もういいや!」
「みんな、大好き!
ゼノス様が帰ってくるまで遊ぼ!」
額や鼻先にキスを落とす。
モフモフに埋もれながら、ミラは目を閉じた。
――そのすぐ外。
「ゼノス!!
その女を殺して、私に跪きなさい!!」
狂気の叫び。
その前に立つのは――死神のようなゼノス。
「……黙れ」
低く、冷たい声。
「僕のミラが、君の声を聞いたらどうしてくれる」
紫の魔力が広がる。
空気が、圧縮される。
ミラの穏やかな時間と、ゼノスの粛清が、同時に進行していた。
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