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どうやら帝国最強の魔導卿の魔塔が人気店になってしまったようです


――その日から。

 魔塔は少しずつ変わり始めた。


 数週間後。


 最初に異変を感じたのは、魔導師たち自身だった。


「……何だこれ。新しい法衣、軽すぎないか?」

「軽いだけじゃない。魔力の巡りが三割は滑らかになってるぞ」

「こっちは徹夜明けなのに、頭が妙に冴えてるんだが……」

「精神汚染の解除術式まで入ってるって本当か?」

「本当だ。しかも見た目が妙に洒落てるのが腹立つ……いや、ありがたい……」


 杖飾りも、法衣も、髪紐ひとつに至るまで。

 ミラの手を通ったものは、見た目だけでは終わらなかった。


 美しく。

 軽やかで。

 そして、異様に強い。


 魔塔の中で噂はあっという間に広がった。


「側近殿の杖飾り、呪詛返しまでついているらしい」

「いや、あれだけじゃない。最上階の主様の私物まで、最近やたら魔力効率がいい」

「まさか、全部あの市場娘が?」

「市場娘どころか、もう“主様専属災害級職人”だろ……」


 そして噂は、当然のように魔塔の外へ漏れ出した。


 視察に来た役人が見た。

 出入りの商人が目撃した。

 護衛騎士たちが“ありえない性能の飾り”を話題にした。


 結果――


「……主様。ご報告があります」


 ある朝、側近が最上階へ現れ、静かに一礼した。


「門前に、貴族の馬車が列を成しております。

 “制服を一着”“騎士団全員分を”“まずは晩餐会用の礼装を”と、収拾がつきません」


「えっ」


 ミラが窓辺へ駆け寄って外を見る。


 その先には、無数の馬車。

 豪奢な紋章を掲げた貴族たちが、魔塔の門前に長蛇の列を作っていた。


「うわっ……本当だ! すごいことになってる!」


 門前では、魔導騎士たちが必死の形相で交通整理をしている。


 側近は淡々と続けた。


「試供品を渡そうとした門番が一名、すでに回収されております」


「当然だね」


 ソファで優雅に足を組んだゼノスは、山のように積まれた注文書を指先ひとつで燃やしながら、落ち着き払って言った。


「僕が隠しているのに、君の才能が勝手に外へ漏れ出してしまう」


 困ったように、だが誇らしげに笑う。


「ミラ。今やこの国は、君の“暇つぶし”でパンク状態だ」


「えぇー……」


 ミラは頬を引きつらせた。


「いや、そんなつもりじゃ……」


「だが、君らしいよ」


 ゼノスは椅子から立ち上がり、当然のようにミラを抱き寄せる。


「僕の塔を遊び場にしたかと思えば、次は国の流行まで塗り替えようとしている」


「してません!

 私はただ、みんなをちょっと可愛く格好よくしたかっただけです!」


「その“ちょっと”で、この有様なんだけれどね」


 ミラは窓の外を見て、しばらく考え込んだ。


 売る相手がいないと嘆いていたのが嘘みたいに、今や客は向こうから押し寄せてきている。


「……ねぇ」


 ぽつりと呟く。


「魔塔の中に、ワゴン作ればいいんじゃないですか?」


「……何?」


「ほら、外に出られないなら、中で売ればいいんですよ。

 お客さん、どうせ勝手に来るんだし」


 ゼノスは一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。


「……いいよ」


「え?」


「一階から百階まで、全部君の店にしてもいい」


 あまりにもあっさりした即答だった。


「ただし――」


 一瞬で距離が詰まる。


「最上階だけは非売品だ。

 ……僕たちの場所だからね」


「また重いこと言ってる!」


 ミラは顔を赤くしながら振り払う。


「ほらハク! 注文書持ってきて!

 全部可愛くしてやるんだからー!」


「キュゥ!!」


 ハクが誇らしげに鳴く。


 その声を合図に、コハクたちも一斉に駆け出した。


 コハクは布地を引っ張り、クウは荷札を咥え、テンは高い棚の見本布を落とし、チョコは客用のリボンを引きずってくる。


「……やれやれ」


 ゼノスはそんな光景を眺めながら、小さく息を吐いた。


 だが、その口元には笑みが浮かんでいる。


 監禁して囲い込むつもりだった。

 なのに気づけば、ミラは魔塔の経済も、空気も、色彩も、全部塗り替えてしまっている。


「……本当に、君は僕の想定を軽々と飛び越えていくね」


「褒めてるなら、もっと材料ください!」


「もちろん。

 君の望むものは、何でも」


 こうして――


 監禁されているはずのミラは、いつの間にか魔塔の経済とファッションを支配し始めていた。


 帝国最強の魔導卿を“顧客兼素材”に従えた、最強職人の下克上。


 その第一号店が、今まさに魔塔の内部で幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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