第28話:反撃の序曲、蹂躙される帝都
視界を埋め尽くしていた純白の虚無は、一瞬にして鉄と火薬の匂いへと塗り替えられた。
足首に刻まれた銀の刺青が、かつての「赤き鎖」を嘲笑うかのように、甘く、脈打つような熱を帯びている。
もう、痛みはない。
あるのは、レオの血管を流れる熱狂と、私の瞳が捉える世界の真実が、一つのうねりとなって身体中を駆け巡る万能感だけだ。
「……随分と、騒がしいお出迎えだな」
レオが私を横抱きにしたまま、不敵に笑う。
彼の左腕に宿る銀の龍は、もはや荒ぶる獣ではなく、彼の意思そのものとして静かに、されど圧倒的な光を湛えていた。
私たちが降り立ったのは、帝都を見下ろす北の丘。
かつては逃げ惑うために見上げたその城壁が、今は脆い玩具のように眼下に広がっている。
中央に立つ「銀の光柱」は、私たちの覚醒に応じ、天を貫くほどの輝きで帝国を真っ二つに裂いていた。
「閣下、奥様! ……信じてましたよ、なんて言うと思いましたか? あんなバカげた光、二人以外に誰が出せるってんです!」
影の中から飛び出してきたのは、煤まみれになったロザリンだった。
彼女は驚愕と、それ以上の歓喜を瞳に浮かべ、私たちの「変化」を瞬時に悟ったらしい。
「ロザリン。帝都の状況は?」
「最悪ですよ! ……あ、陛下たちにとっては、ですけど。……ユリウス様の敗北が伝わり、軍はパニック。そこへきてこの光だ。……皇帝は地下の深部へ逃げ込んだようですが、魔導障壁の出力が異常に上がっています」
「……無駄なことを」
レオが私を地面に降ろし、そっと腰を引き寄せた。
リンクした神経を通じて、彼の「飢え」が伝わってくる。
それは血への渇きではなく、私を傷つけ、道具として扱おうとしたこの国に対する、冷徹なまでの略奪の意志だ。
(レオ。……門を、開けましょう。……今の私たちなら、その隙間さえ視えるわ)
私は銀の瞳を見開いた。
世界をリセットするのではなく、自らの手で導くために。
幾重にも張り巡らされた魔導の糸。かつては絶望の壁だったそれは、いまや「綻び」だらけの古い布にしか見えない。
「――全くだな、私の奥様。……貴様の望むままに、この世界を切り開いてやろう」
レオが剣を抜いた。
その瞬間、彼の背後に巨大な銀の龍の翼が顕現する。
丘を下る私たちの前に、帝国の近衛騎士団が立ち塞がった。
だが、彼らが剣を構えるより早く、レオの斬撃が空を割った。
ドォォォォンッ! という衝撃波。
銀の炎を纏った一振りが、鉄の門と、それを守る魔導障壁を、豆腐のように易々と切り裂いていく。
「な……!? ハスカール! 貴様、その力は……!」
「……退け、雑魚ども。……今の私は、すこぶる気分がいい。……これ以上、私たちの『散歩』を邪魔するな」
レオの言葉一つ、その威圧感だけで、精鋭であるはずの騎士たちが恐怖に膝を突く。
リンクを通じて、レオが楽しんでいるのが分かった。
(視ろ、エララ。……貴様を跪かせようとした連中の、この無様な姿を。……世界は、私たちの足元にある)
私たちは、煙と悲鳴の渦巻く帝都のメインストリートを堂々と進んだ。
かつて私をオークションにかけたあの広場、レオを裏切り者と罵ったあの法廷。
そのすべてが、レオの歩みに合わせて銀色の灰へと変わっていく。
「……あ、ああ……聖女様……。銀の聖女様が、帝国を裁きに来られた……!」
民衆たちが、恐怖と崇拝の混ざり合った瞳で私に跪く。
私は彼らを顧みることなく、真っ直ぐに、最奥の宮殿へと視線を向けた。
そこには、震える心臓を抱えた、かつての「支配者」がいる。
「……エララ。……もうすぐ、すべてが終わる」
レオが、歩きながら私の指先を口に含んだ。
リンクが、熱く、甘く、私たちを一つの魂へと溶かしていく。
「……ええ。……そして、私たちの本当の『初夜』が始まるのね」
私が微笑むと、レオは満足そうに瞳を琥珀色に燃え上がらせた。
宮殿の門の前に辿り着いたとき。
そこには、白銀の鎧をズタズタに引き裂き、片翼を失ったカイル・セバスチャンが、死人のような顔で立ち尽くしていた。
彼の手に握られているのは、もはや剣ではない。
皇帝が禁忌とした、帝国の命そのものを吸い上げて咲く、巨大な「黒薔薇」の結晶だった。
帝都を蹂躙し、かつての「檻」へと逆侵攻するエララとレオ。
二人を縛るものはもう何もなく、その無双は帝国を恐怖と歓喜の渦に叩き落とします。
しかし、宮殿の門の前で待っていたのは、最後の狂気を身に纏ったカイルでした。
カイルが手にした「黒薔薇」の正体とは?
そして、逃げ場を失った皇帝が、この阿鼻叫喚の帝都で画策する最期の「呪い」とは……。
次話、第29話「黒薔薇の葬列、皇帝の終焉」
第1部クライマックス直前。
二人の共犯関係が、帝国の歴史を永遠に葬り去ります。
「立場逆転の蹂躙シーン、最高にスカッとしました!」「レオの余裕がかっこよすぎる……」
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