第24話:黄金の支配者、血脈の檻
「――逃げろ。エララ、今すぐ、私の手を離せ」
レオの声は、震えていた。
リンクした神経を伝ってくるのは、先ほどまでの苛烈な闘争心ではない。心臓の裏側を冷たい針で撫で回されるような、逃げ場のない「服従」の記憶だ。
地平線を埋め尽くす大軍勢が、まるで海が割れるように左右へ退いていく。
黄金の甲冑を纏い、悠然と歩み寄ってくる男――ユリウス・ハスカール。
彼はレオと同じ琥珀の瞳を、より残酷な、太陽のような黄金色へと昇華させた「皇帝の落とし子」だった。
「どうした、レオ。その薄汚れた腕に刻まれた龍が、主人に怯えて鳴いているぞ?」
ユリウスが薄く笑い、右手を軽く掲げた。
その瞬間、私の右腕の銀の半龍が、まるで焼けた鉄を押し当てられたように激しく脈打った。
「あ、っ……!」
激痛。だが、私の痛みなど、レオが受けている衝撃の百分の一にも満たない。
レオは剣を杖にしてどうにか立ち続けているが、その左腕は自らの意思に反して、ガタガタと異様な音を立てて震え続けている。
「……ユリウス……貴様……!」
「失敗作の分際で、帝国の至宝である『予言の聖女』を連れ出すとはな。……王女エララよ。その汚らわしい男の腕の中は、さぞかし居心地が悪かろう? そいつは、かつてハスカールの名を汚し、檻の中で私の靴を舐めていた犬なのだから」
ユリウスの言葉が、リンクを通じてレオの脳内にある「光景」を私の瞳に強制的に映し出した。
暗い、湿った地下室。
鎖に繋がれた幼いレオが、目の前の黄金の少年に冷笑され、泥の混じった食事を強要される記憶。
レオが「裏切り者」になるずっと前、彼を「檻」に閉じ込めていたのは、レトロ王国ではなく、彼自身の血筋――帝国そのものだったのだ。
(……レオ……貴方は、ずっとこんな重いものを背負って……)
私の胸が、怒りと悲しみで焼け付く。
レオの心が、パリンと小さな音を立てて割れそうになるのが分かった。
彼は私を守るために、一番見られたくなかった無様な過去を、リンクを通じて晒し出している。
「……黙れ。……エララは、お前の玩具ではない」
レオが、血を吐きながら一歩踏み出した。
だが、ユリウスの黄金の瞳が不気味に輝いた瞬間、レオの足が泥に縫い付けられたように静止した。
「『皇帝の権能』――跪け、レオ」
ユリウスの声は、ただの音ではなかった。
それは世界の理を強制的に書き換える「命令」。
レオの身体が、本人の意志に反してぎしぎしと悲鳴を上げ、膝が雪原へと沈んでいく。
銀の半龍が、黄金の圧力に屈して黒く変色し始めた。
「嫌……! やめて!」
私はレオの背中にしがみつき、自らの「銀の瞳」をカッと見開いた。
銀色の閃光が、レオの脳内に渦巻く黒い支配の霧を強引に切り裂いていく。
(レオ! 私を見て! 貴方はもう、檻の中の子供じゃない! 私の……私の共犯者なのよ!)
リンクを通じて、私の魂を彼の胸に叩きつける。
レオの琥珀色の瞳に、一瞬だけ鋭い光が戻った。
「……そうだ。……私は、貴様の犬ではない。……エララ・フォン・レトラ、唯一人の……裏切り者だ」
レオが、支配の重圧を撥ね除け、立ち上がった。
その左腕の半龍が、私の銀色と混ざり合い、かつてないほど禍々しく、かつ美しい輝きを放つ。
ユリウスの顔から、余裕の笑みが消えた。
「……面白い。その女の瞳、よほど出来がいいらしい。……ならば、レオ。貴様に最後の『慈悲』を与えてやろう」
ユリウスが指をパチンと鳴らした。
「ハスカールの血脈に命じる。……その牙を、最愛の獲物へと向けろ」
レオの身体が、一瞬で凍りついた。
次の瞬間、私の首筋に、冷たい鋼の感触が押し当てられた。
「……え……?」
見上げれば、そこには虚ろな瞳をしたレオがいた。
彼の右手に握られた銀の剣が、私の喉元に、正確に、そして冷酷に突き立てられている。
「……あ、あ……あ……」
レオの喉から、掠れた悲鳴が漏れる。
リンクを通じて伝わってくるのは、狂乱。
(エラ……逃げ……ろ……身体が……止まら……ない……!)
ユリウスが、残酷な歓喜に満ちた声を上げた。
「さあ、見せてくれ。愛する女を自らの手で切り裂く時、その魂がどんな音を立てて壊れるのかを!」
レオの腕に力がこもる。
銀の刃が、私の肌を一筋、赤く染めた。
感覚を共有し、運命を分け合ったはずの二人を襲う、血の支配。
ユリウスの「権能」により、レオの剣は最愛のエララを貫こうとしています。
抵抗すればするほど、レオの肉体は内側から砕け、従えば彼女を殺してしまう……。
レオの絶望的な抵抗と、エララの覚悟。
リンクした二人の魂が、この「支配」という名の檻を突破する方法はあるのか?
そして、エララの「銀の瞳」が、この絶体絶命の瞬間にある「禁忌」を視てしまいます。
次話、第25話「裏切りの刃、共犯者の接吻」
愛を証明するために、エララが自ら刃の先へと踏み込みます。
「レオ、頑張って抗って……!」「ユリウスが憎たらしい!」
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