第21話:白金の塔、堕ちた聖騎士
視界が、黒い氷の破片で埋め尽くされた。
「――避けろ、エララ!」
レオの叫びと同時に、私の体は宙を舞った。
一瞬前まで私が立っていた雪原が、カイルの放った巨大な氷の棘によって無惨に貫かれる。
「……あはは! 素晴らしい反応だ、レオ。やはり君と殺し合うのは、どんな酒よりも私を酔わせる」
カイルの声は、もはや人間のそれではない。
白銀の鎧を突き破り、背中から生えた黒い氷の翼――「銀薔薇の呪核」が、周囲の熱を奪い、猛吹雪を赤黒い嵐へと変えていく。
彼の瞳には、かつての正義の光など微塵も残っていない。あるのは、凍てついた執着だけだ。
「カイル……貴方は、自分の魂まで皇帝に売り渡したの!?」
私が叫ぶと、カイルは空中で優雅に旋回し、私を見下ろした。
「売り渡した? ……心外だね。私はただ、この世界の『不備』を直そうとしているだけだよ。……レオのような裏切り者が貴女を所有し、王家の血が汚される……。そんな歪んだ歴史を、私が、この力で『白紙』に戻してあげるんだ」
カイルが右手を掲げると、雪原の底から千の氷剣が浮上した。
「さあ、エララ様。……その汚らわしい男の腕から離れなさい。……今、貴女をその『檻』から解放してあげる!」
氷の雨が、殺意の弾丸となって降り注ぐ。
レオは私を背後に隠し、剣を正眼に構えた。
リンクした神経を通じて、レオの「覚悟」が、焼けるような熱となって私の血管に流れ込んでくる。
(レオ、死なないで……!)
『黙って見ていろ。……貴様には、雪の一片すら触れさせん』
声にならないレオの思考が、私の脳に直接響く。
彼は左腕の包帯を引きちぎった。
そこには、これまでになく激しく、白銀の光を放つ龍の紋章が浮かび上がっていた。
「……吠えろ、ナニカ。……私の命を喰らう代わりに、この女を護る盾となれ!」
レオが咆哮すると、彼の剣から巨大な銀の龍が実体化し、降り注ぐ氷剣をすべて粉砕した。
衝撃波が雪原を揺らし、白金の塔の周囲に張り巡らされていた結界が、ガラスのように砕け散る。
レオの全身から、血が噴き出した。
銀の龍の力は、彼の生命力を直接燃料にしている。リンクしている私には分かる。彼の心臓が、限界を超えた高鳴りで悲鳴を上げているのが。
「……っ、レオ! もういいわ、私を使って! 私の瞳の力を、全部貴方に注ぎ込むから!」
私はレオの背中にしがみつき、指輪を彼の肌に押し当てた。
銀の瞳が、限界を超えて覚醒する。
視界が白金の光に染まり、カイルの動きが――彼の「次の一手」が、銀色の糸となって空間に浮かび上がった。
(右! 上空から翼の破片が来るわ! その直後に、彼は正面から心臓を狙ってくる!)
予言と、命懸けの執着。
二つの魂が重なり、レオの剣はカイルの「黒い翼」を真っ二つに切り裂いた。
「――ぐ、あ……ぁッ!?」
カイルが雪原に墜落する。
白銀の騎士の成れの果てが、自らの血で赤く染まった雪にまみれ、信じられないものを見るように私たちを仰ぎ見た。
「……なぜだ……。なぜ、君たちは、そこまでして……」
「……貴様には一生分からんだろうな、セバスチャン」
レオが肩で息をしながら、カイルの喉元に剣を突きつけた。
彼の左腕の龍は、今も不気味に、けれど慈しむように、私の「指輪」と共鳴し続けている。
「……愛でも、正義でもない。……私たちは、ただの『共犯者』だ。……地獄の底まで、お互いを離さないと決めた、な」
カイルは、絶望したように目を閉じた。
だが、その直後。
私たちの背後で、聳え立っていた「白金の塔」の重厚な扉が、千年の沈黙を破ってゆっくりと開き始めた。
そこから溢れ出したのは、温かな光ではない。
底知れぬ「虚無」と、死者の嘆き。
そして――。
(……え? 父様……?)
私の銀の瞳が、塔の奥底に座る「ナニカ」の姿を捉えた瞬間、私の意識は凍りついた。
そこにいたのは、死んだはずの父王の姿をした、無数の「瞳」を持つ怪物だった。
「……選ぶがいい、エララ。……器を受け入れ、世界をリセットするか。……それとも、その隣にいる男と共に、永遠の無に消えるか」
塔の中から響く、父の声をした異形の呼びかけ。
レオが私の手を、砕けんばかりに強く握りしめた。
「……行こう、エララ。……父だろうが、神だろうが、貴様を奪おうとするなら、私がこの手で斬り伏せてやる」
私たちは、光と影が混ざり合う、塔の深淵へと足を踏み入れた。
第21話をご愛読いただき、ありがとうございます。
人間であることを捨てたカイルを退けましたが、真の絶望は「白金の塔」の中にありました。
父王の姿をした「器」の守護者。
彼が語る、世界の「リセット」とは……?
エララとレオの共犯関係は、もはや一つの国、一つの時代を越え、
世界の理そのものと対峙する段階へと突入しました。
レオの命を削る銀の龍と、エララの覚醒する瞳。
二人が掴み取る「未来」は、果たして。
次話、第22話「虚無の玉座、王の真意」
塔の内部で明かされる、レトロ王国の本当の歴史と、指輪の「最後の契約」。
「カイル君、ついに墜ちたか……」「塔の中が怖すぎる!」
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皆様の声が、エララの瞳をより強く輝かせます。




