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裏切り騎士と堕ちた王女の反逆戦記 ~世界を敵に回しても、この熱(リンク)だけは離さない~  作者: レオン・クラフト


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第19話:偽りの遺言、雨の咆哮

雨は、すべてを洗い流すのではなく、ただ冷たく、重く、私たちの輪郭を曖昧にしていった。


 ヴォルグが去った後の森には、泥の匂いと、焼け焦げた木の葉の死臭だけが漂っている。

 レオの背中が、今までにないほど激しく震えていた。

 剣を握る彼の拳から、銀色の光が消え、代わりに取り返しのつかない「絶望」が滴り落ちている。


「……本当、なのね。レオ」


 私の声は、雨音に吸い込まれそうなほど細かった。

 父様が、私を殺せと言った。

 私が「人間」でなくなったとき、世界を壊す「器」になったとき、愛する娘として死なせてやってくれと。


 リンクした神経が、レオの心の深淵を映し出す。

 そこは、真っ黒な泥沼だった。

 父王との誓いを守ろうとすれば、私を殺さねばならない。

 私を生かそうとすれば、恩人であり主君であった父王を、二度裏切ることになる。

 

「……ああ、そうだ。……私は、最初から地獄に落ちる道しか持っていなかった」


 レオが、ゆっくりと振り返る。

 その瞳は、もはや琥珀色ですらなかった。濁り、枯れ果てた、死者の色。

 彼は震える手で、私の首筋に指をかけた。

 冷たい。

 氷のようなその指先が、私の喉元で、殺意と愛着の間を彷徨っている。


「……王は正しかった。……貴様の瞳が銀に染まるたび、世界は軋みを上げ、帝国の魔手はより深く食い込んでくる。……エララ、貴様を殺して、私も死ぬ。……それが、私に残された唯一の『忠誠』だったはずだ」


「……どうして、そうしなかったの?」


 私は逃げなかった。

 彼の指先が、私の頸動脈を圧迫する。

 リンクを通じて、レオが「殺したい」のではなく、「殺さなければならない」という強迫観念に引き裂かれそうになっているのが伝わってくる。


「……できなかったからだ!」


 レオが咆哮した。

 雨の森を震わせる、獣のような悲鳴。

 彼は私の肩を掴み、泥の中に膝を突いた。


「貴様が……あの日、オークション会場で私を見つめたからだ。……あんな泥に汚れながら、気高く、美しく、死にたいと願っていた。……そんな貴様を、殺せるはずがない。……私は、王を裏切ることを選んだ。……いや、選んでしまったんだ、エララ!」


 レオの額が、私の胸元に押し当てられる。

 リンクから流れ込んでくるのは、灼熱のような自己嫌悪。

 (私は……騎士ですらない。王の遺言を捨て、己の欲望のために、主君の娘を呪いの中に引き止めている、最低の裏切り者だ……)


 彼の心から溢れる涙が、私の胸を濡らした。

 雨の冷たさよりも、その熱い痛みが、私の魂を激しく揺さぶる。


(……ああ、そうね、レオ。貴方は本当に馬鹿な人だわ)


 私は、震える彼の頭を、両腕でそっと抱きしめた。

 足首の「赤き鎖」が疼く。けれど、その痛みはもう、不吉な予兆などではなかった。


「レオ。顔を上げて。……私を見て」


 私は彼の顎を掬い、強引に視線を合わせさせた。

 銀色に輝く私の瞳が、彼の絶望を鏡のように映し出す。


「父様の遺言がどうあれ……今の私は、ここに生きているわ。……貴方が、裏切りという名の罪を犯してまで、繋ぎ止めてくれた命よ」


「……エララ……」


「父様は、私を愛していた。……だから、私が『器』になるのを恐れたのでしょう。……でもね、レオ。……愛する人の手で殺されることが、唯一の救いだなんて……そんなの、私は認めない」


 私は、彼の漆黒の外套の襟を掴み、唇を寄せた。

 接吻ではない。

 それは、呪いよりも強固な「誓い」を刻むための儀式。


「レオ。貴方はもう、父様の騎士じゃない。……私の、騎士ですらなくていい。……貴方は私の『共犯者』。……過去の遺言なんて、森の泥の中に捨ててしまいなさい」


 レオの瞳に、僅かな光が戻る。


「……共犯者、だと?」


「ええ。……二人で、世界を裏切るの。……父様の遺言を破り、帝国の運命を撥ね退け……この『銀の瞳』が、誰の道具でもないことを証明してみせる。……そのためなら、私は何度でも、貴方の毒を飲み干してあげる」


 指輪が、かつてないほど澄んだ銀色の輝きを放った。

 リンクした神経が、レオの絶望を燃やし尽くし、新たな「熱」へと変換していく。


 レオは、私の手を強く握りしめた。

 その力は痛いほどだったが、そこには迷いも、震えもなかった。


「……ああ。……わかった。……王よ、許してくれ。……私は、どこまでも不実な裏切り者として、この女と地獄へ行こう」


 レオが立ち上がった。

 彼の背負う「罪」が、黒い翼のように彼の背後に広がって見えた。

 

 その時、ジークが溜息をつきながら歩み寄ってきた。


「……やれやれ。……ようやく『音』が整ったようだね。……お嬢さん、あんたはとんでもない悪女だよ。……清廉な騎士を、一晩で完全な『咎人』に変えちまったんだから」


 ジークが、森の北側を指差す。


「カイルの小僧と番人どもは、一度引き上げたようだ。……だが、次は帝国の本隊が動き出す。……この先は、レトロ王国の旧領――『沈黙の雪原』だ。……そこには、王が隠した最後の『真実』が眠っているよ」


 沈黙の雪原。

 かつて私が幼い頃、父様に「決して近づいてはならない」と言われた、禁忌の地。


 レオが、私の肩を抱いた。

 リンクを通じて伝わってくるのは、もはや自己犠牲ではない。

 「何が起ころうと、この手を離さない」という、底なしの、暗く甘い独占欲。


「行こう、エララ。……貴様を殺すのは、運命でも、王でもない。……私だ。……貴様が、私を拒絶するその瞬間まではな」


 雨は止まない。

 けれど、私たちの進む道は、もはや絶望だけの色ではなかった。


 霧の向こう、白銀の世界が私たちを待っている。

 そこには、父王が隠し通した、この「指輪」と「瞳」の、本当の始まりがある。

第19話までお読みいただき、ありがとうございます。

絶望の遺言を乗り越え、二人は「過去」と「王」を捨て、純粋な「共犯者」としての道を歩み始めました。

レオの献身が、より深く、より執着に満ちたものへと変質していく過程……。

「騎士」ではなく、一人の「男」としての彼の愛が、これからの極寒の逃避行を熱く彩ります。


父王が本当に恐れていたものは何だったのか。

そして、二人が向かう「沈黙の雪原」に待ち受ける真実とは。


次話、第20話「沈黙の雪原、凍てつく接吻」

物語は、いよいよ第1部のクライマックスである「旧王領編」へと突入します。


「二人の覚悟が切なすぎる!」「もっと甘いシーンが見たい!」

と感じていただけましたら、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価で、二人を温めてあげてください。

皆様の応援が、レオン・クラフトの筆をさらに加速させます!

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