第18話「影の師弟、残酷なる教え」
呼吸が、凍りつく。
目の前の男――ヴォルグから放たれる殺気は、鋭い刃となって私の肌を削っていた。
リンクした神経が、レオの絶望を余すことなく私に伝えてくる。
彼の指先が、微かに震えている。
戦場で、死を前にしても不敵に笑っていたあのレオが、ただ立っていることさえ苦痛であるかのように。
「……ヴォルグ。貴様は、死んだはずだ。北の粛清で、皇帝自らが手を下したと……」
「クク……。飼い犬が死んだと聞かされて、真に受けるとは。相変わらず甘いな、レオ」
ヴォルグがゆっくりと一歩踏み出した。
その瞬間、レオの足が反射的に後退する。幼い頃に叩き込まれた「敗北の記憶」が、彼の身体を縛り付けているのだ。
「その女を守るために国を売り、裏切り者の汚名を被ったか。……騎士道という名の塵を捨てきれぬから、貴様はいつまで経っても『影』になりきれん」
ヴォルグの左目――銀色に輝くその瞳が、私を射抜いた。
その視線に触れた瞬間、私の「銀の瞳」が激しく共鳴し、視界が真っ赤な血の色に染まった。
(……痛い。この人の目、悲鳴を上げている……!)
予言の力ではない。それは、同質の力を持ちながら、それを暴力でねじ伏せてきた者だけが放つ、汚泥のような魔力。
ヴォルグは、レオを無視して私へと手を伸ばした。
「王女エララ。……貴女の瞳は、まだ『純粋』すぎる。帝国が必要としているのは、その瞳に宿る因果の力。……貴女を私の『器』として迎え入れれば、この世界の理は、すべて皇帝陛下の御心のままに書き換えられる」
「……そんなこと、させない」
私は、震えるレオの腕を両手で強く抱きしめた。
リンクを通じて、私の「熱」を彼の内側へと流し込む。
(レオ、私を見て。……一人じゃないわ。貴方の地獄に、私もいるの)
レオの心臓の音が、一度大きく跳ね、やがて力強い脈動を取り戻した。
彼は深く息を吐き出すと、震える拳を握り直し、私の前に一歩踏み出した。
「……ヴォルグ。貴様は私を『無能な弟子』と呼んだな。……確かに、私は貴様の言うような冷酷な『影』にはなれなかった」
レオの左腕に刻まれた銀の龍が、これまでにないほど眩い光を放ち始めた。
私の指輪の熱が、彼の剣へと流れ込み、黒い刀身が銀色の炎を纏う。
「……だが、私は『裏切り者』だ。……貴様の教えも、皇帝の命も、そして私自身の絶望さえも――すべて裏切って、この女を守り抜くと決めた!」
「……ほほう。ならば、その傲慢ごと切り伏せてやろう」
ヴォルグの姿が、霧のように消えた。
次の瞬間、レオの背後から黒い旋風が巻き起こる。
(右! 上から来るわ!)
私の銀の瞳が捉えた軌跡を、レオが即座に迎撃する。
キンッ! と大気を切り裂く衝撃音が響き、森の木々がなぎ倒された。
レオとヴォルグの剣が、火花を散らして交錯する。
ヴォルグの剣技は、レオのものと酷似していた。……いや、レオにその技を教えた張本人なのだ。
「……遅い! その女との『繋がり』が、貴様の足を鈍らせているのが分からんのか!」
ヴォルグの回し蹴りがレオの脇腹を捉えた。
リンクを通じて、肺が潰れるような痛みが私を襲う。
レオが吐血しながらも、私の前から退こうとしない。
「……いいえ。……繋がっているから、私は強いのよ!」
私は、足首の「赤き鎖」を自ら強く踏み抜いた。
痛みを燃料に変え、指輪の出力を限界まで引き上げる。
銀の瞳が、ヴォルグの「影」の正体を暴き出していく。
「……ジークさん、今よ!」
「言われなくても分かってるよ、お嬢さん!」
背後で控えていたジークが、竪琴の弦を激しく掻き鳴らした。
不協和音がヴォルグの動きを僅かに狂わせる。
その一瞬の隙を突き、レオの銀の龍がヴォルグの鉄面を掠めた。
パキリ、と乾いた音がして、鉄面の一部が剥がれ落ちる。
そこから覗いたのは、憎悪に歪んだ、けれど酷く哀れな老兵の素顔だった。
「……ハッ、ハハハ! よかろう、レオ。……貴様がそれほどまでにこの女に固執するなら、一つ『真実』を教えてやろう」
ヴォルグは剣を引き、狂ったような笑い声を上げた。
「貴様は、レトロ王との約束を守っているつもりだろう? ……だが、王が死に際に貴様へ告げた、あの『最後の一言』……。貴様は本当に、その意味を理解しているのか?」
レオの動きが、凍りついた。
リンクを通じて、彼の中に封印されていた「記憶の箱」が、ガタガタと音を立てて震え出す。
「……何、を……」
「王は言ったはずだ。『娘を頼む』とな。……だが、その言葉には続きがあった。……『もしエララが覚醒を始めたら、その時は――迷わず、その手で殺せ』と」
耳を疑った。
父様が……私が覚醒したら、殺せと言った?
「世界を破滅させる『器』になるくらいなら、愛する娘を人のままで死なせてやりたい……。それが、王の真の願い。……レオ、貴様は王との約束を、今この瞬間も破り続けているのだよ。その女を生かし、力を引き出させることでな!」
レオの剣が、力なく下がる。
リンクした魂に、泥のような絶望が流れ込んできた。
(……そんな、嘘よ。父様が、そんなことを……)
ヴォルグが、残酷な笑みを深めた。
「さあ、選べ。王との誓いを守り、その手で王女を殺すか。……それとも、すべてを裏切り、彼女と共に世界が壊れるのを見守るか」
霧が深くなり、ヴォルグの影が闇へと溶けていく。
残されたのは、土砂降りの雨の中、立ち尽くす私たち。
レオの背中が、今までにないほど激しく震えていた。
彼の手から、銀色の炎が消えていく。
私は、彼の背中に手を伸ばそうとして――その指先が、彼からの「拒絶」に触れたような気がして、止まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ヴォルグによって突きつけられた、父王の「真の遺言」。
「覚醒したエララを殺せ」という残酷な命令。
レオがこれまで必死に隠し、自分でも目を逸らしてきた最悪の真実が、二人の絆を根底から揺さぶります。
レオの「守る」という行為が、実は「亡き王への裏切り」であったという矛盾。
絶望に沈むレオに対し、エララはどう向き合うのか……。
次話、第19話「偽りの遺言、雨の咆哮」
雨の森で、二人の「共犯関係」は最大の試練を迎えます。
「お父様、そんなこと言ったの!?」「レオの心が折れそう……」
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