第17話:沈黙の番人、白い仮面の包囲網
一瞬前までの甘い吐息は、鋭い殺気に塗りつぶされた。
「……来る。エララ、私の背から離れるな」
レオが寝台から飛び起き、壁に立てかけてあった黒剣を掴む。
彼の動きは、先ほどまでの高熱が嘘のようにしなやかで、力強い。調律によって、私の「生」が彼の血管に注ぎ込まれた結果だ。
リンクした神経が、彼の高鳴る鼓動を私の胸に伝える。
ドクン、ドクン。
それは焦りではない。獲物を前にした、冷徹な捕食者の律動だ。
「ジーク、この里の出口は?」
「あいにくだが、白い仮面の連中(番人)はもう玄関先だよ。……音もなく命を刈るのが奴らの流儀。お嬢さん、耳を塞いじゃいけない。……奴らの『沈黙』を聴くんだ」
ジークが調律ハンマーを虚空へ放り投げると、それは重力を無視して部屋の中心に静止した。
瞬間、耳の奥がキーンと鳴るような、不自然な静寂が邸を包み込む。
――視える。
銀の瞳を凝らすまでもない。レオの五感が、私の意識にそのまま流れ込んでくる。
床板の微かな軋み、壁一枚隔てた向こう側の「体温」、そして、抜剣される金属の擦過音。
邸を囲むのは、十二人。
全員が「沈黙の番人」――帝国の影、声を失った処刑人たち。
「……右、三人。床下から一人」
私が囁くと同時に、レオが動いた。
彼は剣を振るうのではなく、鞘に入れたまま床を一突きした。
ドンッ! という衝撃波が階下を粉砕し、床下から忍び込もうとしていた白い仮面の男を、土砂もろとも押し潰す。
直後、天井から舞い降りた三人の刺客。
レオは私を左腕で抱き寄せ、踊るような円を描いて剣を薙いだ。
「――っ、はあ!」
銀の龍の残光が軌跡を描き、白い仮面が次々と断ち割られる。
返り血が舞うが、レオの纏う不可視の魔力がそれを弾き飛ばした。
リンクを通じて、私の脳内にレオの「思考」がダイレクトに響く。
(エラ、三時の方向。……あいつの呼吸を止めるぞ)
(わかっているわ。……次の一歩、彼は左に跳ぶ!)
予言と剣技の、完璧な合致。
私たちはもはや、二人の人間ではなかった。
一つの意志、一つの生命体として、闇の中を鮮やかに舞う。
「……恐ろしいねえ。二人の魂が溶け合って、一つの怪物が生まれたようだ」
ジークが感心したように呟きながら、竪琴の弦を一心不乱に掻き鳴らす。
その音が「沈黙の番人」の魔力を攪乱し、刺客たちの動きを鈍らせていた。
だが、邸を脱出しようと森の入り口に差し掛かったその時。
木々の影から、一際大きな、禍々しい圧力を放つ「影」が現れた。
その男は、他の番人のような白い仮面を被っていない。
顔の半分を覆う鉄の面。そして、その露出した左目には、エララの瞳に似た不気味な「銀の光」が宿っていた。
「……止まれ」
男が言葉を発した瞬間、レオの足が、磁石に吸い寄せられたように地面に縫い付けられた。
(レオ!?)
リンクを通じて伝わってくるのは、レオの困惑……そして、激しい「動揺」。
レオの心臓が、恐怖でも、怒りでもない、信じられないほどの「哀惜」に震えている。
「その声……まさか、貴様……」
レオが、掠れた声でその名を呼ぼうとした。
鉄面の男は、冷淡に右手を上げ、指を鳴らす。
「久しいな、レオ。……我が『影の師弟』を裏切り、その女に溺れた無能な弟子よ」
レオの全身が、見えない鎖に縛られたように強張る。
男の視線が、私――エララへと向けられた。
「王女エララ。……貴女のその瞳、本来ならば私が受け継ぐべきものだった。……帝国が貴女を求めるのは、その『器』が必要だからだ」
男の背後に、無数の黒い影が実体化する。
これまでの刺客とは格が違う。
レオのリンクが、今までにないほど激しく波打ち、私の意識を真っ白に塗りつぶそうとする。
(逃げろ……エララ、こいつだけは……私の手に負える相手ではない……)
初めて、レオの心から「弱気」が溢れ出した。
私は彼の服を強く掴み、その背中に顔を押し当てる。
「逃げません。……レオを一人で地獄に行かせるくらいなら、私はここで、貴方と一緒に灰になるわ」
私の決意に応えるように、指輪が脈動し、視界の隅に「絶望的な未来」を書き換えるための一筋の光が差し込んだ。
「沈黙の番人」の襲撃を、完璧な連携で切り抜ける二人。
しかし、現れたのはレオの「師」を自称する、最強の追跡者でした。
彼の左目に宿る「銀の光」と、エララを「器」と呼ぶ言葉の意味。
レオが初めて見せた「敗北の予感」に対し、エララの愛がさらなる覚醒を促します。
レオの過去に、一体何があったのか?
そして、二人はこの最強の師を突破できるのか……。
次話、第18話「影の師弟、残酷なる教え」
物語は、レオの隠された修行時代と、この刺客との因縁へと深く潜っていきます。
「二人の連携が熱すぎる!」「レオを怖がらせる敵なんて……!」
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