第16話:偽装の聖餐、重なる鼓動
暖炉で爆ぜる青い炎が、石造りの壁に踊る影を長く引き伸ばしていた。
「さあ、始めようか。お嬢さん、彼の左側に座りな。……肌を離すんじゃないよ」
ジークの声は、静かだが拒絶を許さない響きを持っていた。
私は言われるままに、レオの横に身を沈めた。
レオの体からは、命を削りながら燃え盛るような、凄まじい熱気が放たれている。包帯越しに漏れ出す銀の龍の残光が、彼の肌の下で蠢き、出口を求めて暴れていた。
「……っ」
彼の手に触れた瞬間、リンクした神経が悲鳴を上げた。
老騎士の自爆によって植え付けられた、カイルの「銀薔薇」の毒。それがレオの心臓を締め付け、冷たい針となって内側から突き刺している。その痛みが、私の脳へも容赦なく流れ込んでくる。
「苦しいね。……だが、それを拒絶しちゃいけない。受け入れ、自分の中で『調律』するんだ」
ジークが巨大な竪琴の弦を、一本、深く弾いた。
重厚な低音が部屋の空気を震わせる。
同時に、ジークのハンマーがレオの胸元の空を叩いた。
キィィィィン……。
「あ、ああああ……っ!」
レオがのけぞり、激しく身悶えする。
苦痛の奔流。
私は反射的に、彼の熱い胸板に両腕を回し、その体を強く抱きしめた。
離してはいけない。
彼の絶望も、痛みも、すべて私が飲み込んでやる。
(レオ、ここよ。……私が、貴方の中へ行くわ)
銀の瞳を見開き、私は意識を集中させた。
視界が溶け、私と彼の境界線が薄れていく。
これまでは彼から私へと一方的に流れ込んできた感覚が、今、逆流を始めていた。
私の指輪から放たれる銀色の光が、レオの腕の黒い痣を優しく包み込み、荒ぶる龍の脈動を宥めていく。
「……エラ、ラ……」
朦朧としたレオの声が、私の耳元で震えた。
リンクを通じて、彼の深い深層心理が視える。
そこは、どこまでも続く暗い冬の森だった。
幼いレオが、たった一人で剣を握り、血を流しながら「私」という光を守るためだけに立ち続けている場所。
その孤独。
その、報われることを期待しない究極の愛着。
(一人で、こんなところにいたのね……)
私は、彼の魂の核を抱きしめるように、自らの温もりを注ぎ込んだ。
痛みを、愛おしさに。
憎しみを、共有する熱に。
ジークの奏でる旋律が、不協和音を脱し、穏やかなハ長調へと重なっていく。
レオの荒い呼吸が、次第に私の鼓動と同調し始めた。
ドクン、ドクン。
もはやどちらの心音かわからないほど、深く、重く。
それは、聖なる儀式のようだった。
互いの命を分け合い、一つの器(身体)として完成させていく、偽装の聖餐。
やがて、レオの全身を覆っていた痙攣が治まった。
黒い痣は沈黙し、銀の龍の紋章は、彼の肌に静かに刻印されたまま深い眠りについた。
「……ふぅ。……どうやら、峠は越えたようだね」
ジークが弦を止める。
汗に濡れた私の額を、夜風が冷たく撫でた。
レオが、ゆっくりと目を開けた。
琥珀色の瞳は、まだ熱に潤んでいる。
けれど、そこにははっきりと、私を求める理性の光が宿っていた。
「……エララ。……貴様、何をした……」
掠れた声。
彼は、重い腕を動かし、私の頬を包み込んだ。
リンクした神経が、彼の手のひらの震えを伝えてくる。
それは恐怖ではなく――「触れてはいけないものに触れてしまった」という、禁断の歓喜。
「……調律を、したの。貴方が死なないように」
「……馬鹿な女だ。……私と溶け合えば、貴様はもう、清らかな王女には戻れないというのに」
レオが、私の後頭部に手を回し、自分の方へ引き寄せた。
鼻先が触れ合う距離。
彼の「渇望」が、宿の夜よりも濃密に私を犯す。
彼はそのまま、私の耳元で、これまで一度も口にしたことのない本音を漏らした。
「……離さない。……たとえこの命が、貴様の光を濁らせる毒だとしても。……死ぬまで、私の檻の中で狂っていればいい」
それは呪いのようでいて、これ以上ないほど甘美な誓いだった。
「……いいわ。……貴方と一緒なら、どこまでも堕ちてあげる」
私が微笑むと、レオは堪えきれなくなったように、私の首筋に深く顔を埋めた。
重なる鼓動。
密閉された空間で、私たちの「共犯関係」は、もはや後戻りのできない完成へと至った。
しかし。
暖炉の火が小さく爆ぜた瞬間、ジークが不機嫌そうに窓の外を睨みつけた。
「……ったく、調律が終わった途端にこれかい。……お嬢さん、甘い時間はそこまでだ。……カイルの小僧じゃない、もっと『面倒な連中』がこの里の入り口を見つけちまったようだ」
ジークの言葉に、レオが瞬時に私を庇うように起き上がった。
私の「銀の瞳」が、窓の外の霧の中に、無数の「白い仮面」を被った集団を捉えていた。
帝国の秘密警察――「沈黙の番人」。
皇帝が、ついに本気で私たちを『消去』しに来たのだ。
調律という名の儀式を終え、レオとエララの魂は、もはや分かちがたく一つに結ばれました。
「死ぬまで檻の中で狂っていればいい」
レオの剥き出しの独占欲が、エララの覚悟によって真の共鳴へと昇華されます。
しかし、安息の時間は長くは続きません。
カイルの執念を越える、帝国の闇――「沈黙の番人」の急襲。
感覚を共有し、力を合わせた二人の、真の「共闘」がここから始まります。
次話、第17話「沈黙の番人、白い仮面の包囲網」
隠れ里を舞台に、レオとエララの「共犯関係」が、帝国の闇を切り裂きます。
「レオの独白に胸が熱くなった!」「二人の絆が尊すぎる……」
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