第12話:帝都脱出、銀薔薇の追跡者
煙が、肺を焼く。
瓦礫が降り注ぐ法廷の中心で、私はレオの腕の中にいた。
「――舌を噛むなよ。飛ぶぞ!」
レオの低い咆哮が、爆音を切り裂く。
手枷を砕き、銀の龍をその腕に宿した彼は、もはや死を待つ囚人ではなかった。
彼は私を横抱きにすると、崩落した天井から差し込む月光をめがけて跳躍した。
浮遊感。
そして、感覚の同期を通じて流れ込んでくる、レオの激しい高揚。
(エラ、離さない。……二度と、誰の手にも渡さない)
彼の独占欲が、熱い血の波となって私の全身を駆け巡る。先ほどの接吻の名残が、唇を熱く痺れさせていた。
「こっちです! 閣下、奥様!」
屋根の上で待ち構えていたのは、短剣を両手に持ったロザリンだった。
階下の法廷からは、カイルの怒声と、重装歩兵たちの鎧が擦れ合う音が響いてくる。
「ロザリン、手筈通りに」
「了解。帝都を火の海にするのは、私の得意分野ですからね!」
ロザリンが投げた煙幕弾が、夜の宮廷を白く染め上げる。
私たちは影を縫うように、迷路のような帝都の屋根を駆け抜けた。
(レオ、左に三名。……その角の裏に、伏兵がいるわ!)
私の「銀の瞳」が、数秒先の未来を銀色の線で描き出す。
視力ではない。リンクしたレオの「殺気」と、私の「予言」が混ざり合い、戦場が透けて見えるのだ。
「わかっている」
レオは私を抱えたまま、最短距離で突き進む。
現れた兵士たちを、彼は剣さえ抜かずに一蹴した。
彼の左腕に刻まれた銀の龍が、不可視の衝撃波を放ち、帝国自慢の重鎧を紙細工のように引き裂いていく。
「……怪物め」
追っ手の一人が漏らした恐怖の声が、夜風に乗って届く。
レオはそれを気にする素振りも見せず、ただ私を抱く腕の力だけを強めた。
彼にとって、世界が自分をどう呼ぼうと関係ないのだ。ただ、腕の中の私という「温度」だけが、彼の世界のすべてなのだと、リンクが告げている。
しかし、帝都の城門が目前に迫ったとき。
冷徹な銀色の風が、私たちの進路を断った。
「――そこまでだ、レオ」
城壁の上に立っていたのは、カイル・セバスチャンだった。
彼は既に白銀の鎧を纏い直し、その手には、不気味な冷気を放つ細身の長剣を握っている。
その剣先から漏れるのは、かつての彼にはなかった、底冷えするような黒い魔力。
「カイル……どきなさい」
私が叫ぶと、カイルは悲しげに目を細めた。
けれど、その瞳の奥には、狂信的なまでの「正義」が燃え盛っている。
「エララ様。……貴女はあの裏切り者のせいで、自分の価値を読み違えている。……その銀の瞳は、帝国の繁栄のためにあるべきだ。……閣下、彼女を渡せ。さもなくば、君のその龍の腕を、ここで切り落とすことになる」
「やってみるがいい。……貴様に彼女の髪一本、触れさせはしない」
レオが私を地面に降ろし、私の前に立ちはだかる。
二人の騎士が、火花を散らす。
カイルが踏み込んだ。
一瞬で数合の火花が散る。かつての親友同士。互いの癖を知り尽くした、残酷なまでの同門対決。
だが、今のレオには、私がいる。
(レオ、今! 彼の左の脇腹が空くわ!)
私の思考が、レオの剣戟と一体化する。
レオの銀の龍が咆哮し、カイルの長剣を弾き飛ばした。
「ぐ、うっ……!」
カイルが後退する。
その隙を逃さず、ロザリンが用意していた馬車が、暗闇から飛び込んできた。
「乗って!」
レオが私を抱き上げ、馬車の中へと放り込む。
彼自身も飛び乗り、馬車が猛烈な勢いで帝都の外へと駆け出した。
遠ざかるカイルの姿。
彼は追わなかった。ただ、砕けた剣の破片を拾い上げ、夜空を見上げていた。
その口元に、なぜか不敵な笑みが浮かんだのを、私の銀の瞳は見逃さなかった。
「……逃げ切れたの、でしょうか」
馬車の中で、私は荒い息をつきながらレオを見上げた。
レオは無言で、私の肩を抱き寄せた。
彼の腕の龍の紋章が、ゆっくりと光を失い、元の黒い痣へと戻っていく。
リンクを通じて届くのは、安堵感。……そして、それを上回る「渇望」。
「ああ。……だが、カイルのあの剣。……あれは帝国の禁忌、『銀薔薇の呪核』を埋め込んだものだ。……奴は、自分の魂を売ってまで、貴様を追うつもりらしい」
レオが、私の指先をそっと口に含んだ。
熱い。
接吻の余韻が、狭い馬車の中で再び燃え上がる。
「……レオ、」
「……黙れ。……今だけは、貴様が生きていることを、肌で感じさせてくれ」
彼は私の首筋に顔を埋め、深く、深く呼吸をした。
帝都を脱出し、私たちは再び「二人だけの密室」へと戻った。
けれど、もう以前のような冷たい檻ではない。
互いの命を削り合い、魂を混ぜ合わせた、熱い「共犯者」の夜。
だがその時、私は自分の足首に、不自然な「冷たさ」を感じた。
銀の鎖の端が、毒のように赤く変色し始めていた。
(……代償は、これから始まるのね)
私はレオの背中に腕を回し、迫りくる不穏な未来を、その温もりの中に閉じ込めた。
帝都を脱出し、国境へと急ぐ馬車。
法廷でのキスを経て、二人の絆は物理的な距離を越えて溶け合っています。
しかし、カイルが手にした「禁忌の力」と、エララの体に現れた異変が、不吉な影を落とします。
「代償は命ではなく――」
指輪が求めた真の対価が、次話でエララを襲います。
次話、第13話「赤き鎖、逃亡の果ての熱」
逃亡中の宿屋で、感覚同期がもたらす「副作用」が、二人をさらに際どい関係へと追い詰めていきます。
「レオの独占欲が止まらない!」「カイル君、闇落ちしすぎ……」
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