第11話:断罪の法廷、真実の接吻
朝の光は、断頭台の刃のように鋭く冷たかった。
帝宮の中央法廷。
そこは、帝国に仇なす者を「法」という名の刃で処刑するための聖域だ。
階段状の傍聴席を埋め尽くす貴族たちの視線が、毒針のように私の肌を刺す。
「……ハスカール公爵、入廷!」
衛兵の声が響き、重厚な鉄の扉が開かれた。
引き摺られるようにして入ってきたその姿を見た瞬間、私の右腕の銀の鎖が、焼け付くような悲鳴を上げた。
「レオ……!」
思わず立ち上がろうとした私を、隣に座るカイルが冷たく制した。
レオの姿は、惨憺たるものだった。
豪奢だった礼装は裂け、漆黒の髪は乱れ、額からは一筋の血が流れている。
手枷と足枷が、歩くたびに虚しい金属音を立てた。
――けれど。
リンクした神経が、彼の「本音」を私に叩きつけてくる。
(エラ、見るな。……こんな私を、見るな……)
ボロボロの体で、彼は必死に「公爵」としての誇りを保とうとしていた。私に、自分の無惨な姿を見せて絶望させたくない。その一途なまでの矜持が、私の胸を抉る。
「さて。ハスカール公爵」
高い玉座から、皇帝の冷徹な声が降ってきた。
「貴公の罪は明白だ。レトロ王国の滅亡に乗じ、王女エララを略奪し、不当に独占した。……セバスチャン卿の証言によれば、貴公は王を殺害し、彼女を脅迫して婚姻を強いたという。……相違ないか?」
法廷が静まり返る。
レオはゆっくりと顔を上げた。
その琥珀色の瞳は、濁った光を湛え、私を一瞥することさえしなかった。
「……相違、ありません。私は己の欲のために国を売り、王を手にかけ……その娘を、愛玩物として買い取った」
レオの唇から、あらかじめ用意されていたような「嘘」がこぼれる。
彼は、私を「無実の被害者」として帝国に返すために、すべての泥を一人で被るつもりなのだ。
私を、この地獄から切り離すために。
「聞いたか、エララ様」
カイルが、私の耳元で囁く。
「これが、君が縋ろうとした男の真実だ。彼は君を愛してなどいない。ただの……」
「――嘘つき」
私の声は、静かだが、法廷の隅々まで凛と響き渡った。
カイルが眉を寄せ、レオが初めて、弾かれたように私を見た。
「エララ、何を……!」
レオの焦燥が、リンクを通じて私を震わせる。
私は椅子を蹴るようにして立ち上がり、傍聴席から中央の「罪人の座」へと歩み寄った。衛兵たちが剣を向けようとしたが、私の銀の瞳の輝きに圧され、たじろぐ。
「陛下。……ハスカール公爵は、確かに嘘をついております」
私は、鎖に繋がれたレオの目の前に立った。
近寄るだけで、彼の全身の「痛み」が、私の神経を焼き焦がす。
けれど、その痛みこそが、彼が私を愛し抜いてきた証だ。
「彼は私を『愛玩物』として買ったのではありません。……私という『呪い』を、一人で背負うために、自らを檻に閉じ込めたのです」
「エララ……よせ、下がれ……っ」
レオの左手が、激しく震え出す。
彼の腕の黒い痣が、私の覚醒に呼応して、肌を裂かんばかりに蠢いている。
「陛下。レオが王を殺したというのは事実です。……けれど、それは父が望んだこと。私という、帝国が喉から手が出るほど欲した『予言の聖女』を、裏切り者の公爵という盾で守り抜くための……悲しい密約だったのです!」
法廷が騒然となる。皇帝の瞳に、深い不快感が兆した。
「ハスカールよ。……これ以上、女の妄言を聞く必要はあるまい。……貴公が、彼女を脅して今の言葉を言わせているのではないのか?」
「……そうだ、エララ。私は……貴様など愛していない……!」
レオが、血を吐くような声で叫んだ。
その言葉は、リンクした私には、最高級の愛の告白よりも熱く響いた。
嘘だ。
貴方の心臓は、こんなに激しく私を求めて、泣き喚いているのに。
「……ならば、レオ。……ここで証明して」
私は彼の手枷を掴み、その顔を強引に引き寄せた。
周囲の驚愕の声も、カイルの制止も、もう聞こえない。
「……貴方の心に、私がいないというのなら。……この『感覚の同期』が、偽りだというのなら」
私は、彼の唇のすぐそばで、銀色の瞳を細めた。
二人の鼻先が触れ合う。
レオの荒い吐息が、私の唇を熱く湿らせる。
リンクが、臨界点を超えて爆発した。
レオの脳内に渦巻く、狂おしいほどの独占欲、渇望、そして「触れたい」という破壊的なまでの愛着。
それが私の神経を犯し、私の悦びが、彼の痛みを甘い麻痺へと変えていく。
「……あ……エラ、ラ……」
レオの瞳が、琥珀色から、私の銀色を反射して眩く輝く。
私は、彼の震える唇に、そっと自分の唇を重ねた。
――その瞬間。
法廷全体が、銀色の爆風に包まれた。
手枷が砕け散り、指輪と痣が一つに溶け合うような、圧倒的な「光」。
接吻。
それは、二人の魂を、もはや神でさえ引き裂けない強固な鎖で繋ぎ直す儀式だった。
「――っ、衛兵! その女を引き離せ!!」
皇帝の怒声。
けれど、光の中から現れたレオは、もはやボロボロの囚人ではなかった。
その左腕には、黒い痣ではなく――銀色の龍の紋章が、誇り高く刻まれていた。
「……陛下。……私の妻を、これ以上汚すことは許さない」
レオは、私をその逞しい腕で抱き寄せ、冷徹な死神の瞳で皇帝を射抜いた。
法廷の天井が、激しい音を立てて崩落する。
瓦礫の中から現れたのは、不敵な笑みを浮かべ、無数の爆煙弾を手にしたロザリンだった。
「お待たせしました、奥様! ……脱獄のお時間ですよ!」
法廷での衝撃的な接吻、そして銀の龍の覚醒。
レオが隠していた「最後の嘘」を、エララが自らの唇で真実へと書き換えました。
二人の感覚同期は、いまや帝国をも震撼させる「力」へと昇華されたのです。
しかし、これはさらなる激動の始まりに過ぎません。
ロザリンと共に、法廷からの強行突破。
そして、カイルが隠し持っていた「もう一つの牙」が牙を剥きます。
次話、第12話「帝都脱出、銀薔薇の追跡者」
燃え盛る帝都を舞台に、二人の「共犯関係」は究極の試練を迎えます。
「ついにキス……!」「エララの覚悟に痺れた!」
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皆様の応援が、レオの銀の龍をさらに強く輝かせます。




