第10話:監獄の初夜、繋がれた魂
氷の冷たさが、背中から這い上がってくる。
意識が戻ったとき、私がいたのは「特別室」という名の、窓のない冷麗な牢獄だった。
高い天井、白磁の壁。
置かれた寝台は豪奢だが、そこに温もりは微塵もない。
「……あ、っ」
体を起こそうとした瞬間、右腕の銀の鎖が、焼け付くような熱を放った。
痛い。けれど、これは私の痛みではない。
リンクした神経の向こう側――地下深く、暗い牢獄に投げ込まれたレオの、肺を圧迫されるような苦悶だ。
(レオ、そこにいるのね……)
私は胸を掻きむしるようにして、ドレスの胸元を握りしめた。
彼が冷たい石床に膝を突いているのが、視覚を超えた感覚で伝わってくる。
彼の「悔恨」が。自分自身の無力さを呪い、私の名を呼ぶ、その震える魂の叫びが。
『エララ……エララ、無事か……』
声ではない。
それは、私の心臓の鼓動に直接重なる、彼の脈動だった。
私は壁に寄りかかり、見えない彼に向けて、せめて自分の「無事」を伝えようと必死に念じた。
(私は大丈夫。……だから、自分を責めないで、レオ)
不意に、部屋の扉が重々しく開いた。
入ってきたのは、皇帝ではない。
白銀の鎧を脱ぎ、気品ある平服に着替えたカイル・セバスチャンだった。
「気分はどうですか、エララ様」
彼の声は、かつての婚約者だった頃のまま、穏やかで優しい。
だが、今の私の銀の瞳には、彼の顔を覆う「正義」という名の仮面が、不気味にひび割れて見えていた。
「カイル……閣下は? レオはどこにいるの」
「彼は今、帝国の反逆者として尋問を受けています。……王を殺し、貴女を略奪した罪。それを今、ようやく清算させているのですよ」
カイルは寝台の傍らまで歩み寄ると、膝を突いて私の手を取ろうとした。
その瞬間、レオの激しい「拒絶」が、雷のように私を打った。
(触れさせないで。殺す。そいつを殺してやる……!)
リンクしたレオの剥き出しの殺意が、私の右手を激しく震わせる。
私は咄嗟に手を引き、カイルを冷たく見据えた。
「清算? ……貴方は、彼が私を守るために何を捨てたのか、本当に知らないの?」
「彼が貴女を守った? ……エララ様、貴女は毒されている。あの男は、貴女の父を殺した張本人だ。……私なら、貴女をこんな冷たい石の部屋には置かない。かつてのレトラのような、光溢れる花園を、帝都の片隅に再現してみせましょう」
カイルの瞳に宿っているのは、慈しみではない。
それは、失った宝石を取り戻そうとする蒐集家の、執拗なまでの「所有欲」だ。
レオの重苦しい執着とは違う。
カイルのそれは、エララという存在そのものを見ず、自分の「理想の欠片」を押し付けようとする、無色透明な狂気だった。
「……お断りします。私は、あの香草の匂いがする、氷の公爵邸へ帰りたい」
カイルの顔から、一瞬だけ表情が消えた。
リンクの向こうで、レオの絶望が、一転して震えるような「歓喜」に変わった。
――ああ、エララ。
私の名を呼ぶ彼の鼓動が、愛おしくて、切なくて、涙が溢れそうになる。
「……そうですか。ならば、少し時間を置く必要があるようですね」
カイルは立ち上がり、冷笑を浮かべた。
「明日、公爵の『公開尋問』が行われます。貴女も立ち会っていただく。……彼が犯した罪のすべてを、皇帝陛下の御前で、その口から語らせましょう。……それでも、貴女が彼の傍にいたいと言うかどうか」
扉が閉まり、再び静寂が部屋を支配した。
私は一人、広すぎるベッドの上で膝を抱えた。
――レオ。
私は、暗闇の中でそっと右手を胸に当てた。
感覚の同期をさらに深めるように、意識を集中させる。
冷たい風が吹く地下牢。
手枷をはめられ、壁に繋がれたレオの姿が、陽炎のように脳裏に浮かぶ。
彼の意識は朦朧としているが、それでも彼は、リンクした糸を必死に手繰り寄せていた。
(レオ、聞こえる……?)
『エラ……逃げろ。……今夜、ロザリンが動く。……私のことは構うな』
リンクを通じて届く、彼の覚悟。
自分を捨てて、私だけを逃がそうとする、その一途なまでの愚かさ。
「……嫌よ。独りでなんて、絶対に帰らない」
私は、指輪が放つ銀色の光を見つめた。
予言の力が、再び視界を歪める。
明日の公開尋問。
そこには、カイルも皇帝も予想していない、レオが隠し通してきた「最大の嘘」を暴く瞬間が待っていた。
そして。
私の中に流れ込んでくる、レオの、あまりにも熱く、湿った「独占欲」。
離れているからこそ、彼の本音が、衣擦れの音さえ聞こえるほどの鮮明さで私を犯す。
『もし……明日、私が消えても……。お前の魂だけは、一生、私のものだ……』
切ない独白が、私の首筋に彼の吐息を感じさせる。
繋がれた魂。
私たちは今、世界で最も孤独で、そして最も密接な「一つ」だった。
物理的に離され、牢獄に囚われた二人。
しかし、指輪が繋ぐ感覚の同期は、かつてないほど濃密に互いの本音を伝え合います。
レオの「自己犠牲」と、カイルの「歪んだ理想」。
その狭間で、エララは明日の公開尋問に向けた、ある「賭け」を決意します。
レオの言う「ロザリンの動き」とは?
そして、二人が共有する「熱」は、冷たい地下牢を溶かすことができるのか。
次話、第11話「断罪の法廷、真実の接吻」
物語は、皇帝の御前での決戦へと移ります。
「離れていてもレオの愛が重い!」「エララの覚悟に痺れる!」
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