過去へ7
沖田さんは午後から巡察だと言っていた。それが、どういった事をするのかは説明してくれなかったけれど、私の記憶が正しければ、京都の治安を守るために、町を見回る事のはずだ。
現代で言うところの、警察の役目に近いのかもしれない。
それから沖田さんは、自分が帰ってくるまで部屋から出てはいけないと言った。もちろん、言われるがままに従うしかない。
彼が部屋から出ていく際、大小の刀を腰に差した。その太刀を目にした瞬間、無意識に声が出ていた。
「本物だ……」
壬生寺で会った時は気が付かなかったけれど、よく見れば、写真で見た事がある。
現代では沖田総司の刀についてあれやこれやと真偽が言われているけれど、真実は、目の前にあった。
「何?」
言いながら、不思議そうな表情をこちらに向けた。
「あ、いえ。あの、気を付けて下さいね」
「うん。それじゃあ、僕が戻るまで大人しくしててね」
「分かりました」
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
後ろ手で襖を閉められ、足音が遠のいていく。
部屋の隅に移動し、とりあえず腰を下ろした。
がらんとした部屋を見回す。現代では当たり前にあるであろう物が、何もない。あれもないこれもないと言っていくより、ここにある物を言った方がはるかに早いだろう。
窓の隙間から射す光をぼんやりと眺める。窓と言っても、木の板がはめ込まれているので中から外は見えない。
ここへ来てから、初めての一人の時間だ——
膝を抱え、これからの事を考えてはみるけれど、次第に、何を考えればいいのかすら分からなくなってくる。正直、ここが本当に江戸時代である事を、まだ少し、疑っている自分がいる。現代の技術をもってしても、過去や未来へ行く技術は未だ開発されていない。それに、そんな事はするべきではないと思う。過去があるから今があるのだし、今があるから未来へと繋がっていく。その単純な時間の流れの中にいるだけで十分だ。
だから私は、沖田さんに嘘をついた。たぶん、小さな嘘。本当は、大学で歴史学を専攻している。昔から、特に日本史が好きで今の大学に入った。もちろん新選組の事も知っている。ただ、全部が全部知っているわけでもないし、現代に残されている文献どれもが正しいかどうかも分からない。それでも、彼らは本当に存在していた。いや、存在している。
この時代では、誰も私の事を知らない。黙っていれば何も分からないのなら、余計な事は言わない方がいい、そう思った。
——今、何時だろう……
窓の隙間から射していた光もなくなり、部屋の中がだいぶ暗くなっていた。
無意識に入口の方へ行き、大体の部屋の造りならこの辺にあるだろうと、電気のスイッチを探した。その直後、ここにはそんな物などなかったと気付く。どうする事もできず、再び部屋の隅に戻った。
——夕飯の準備、いいのかな……
お腹が減った訳ではないけれど、一応はお手伝いと言う事でここに置いてもらっている。誰か呼びに来てくれるのではと思っていたけれど、足音すら聞こえない。
部屋から出るなと言われているものだから、お手伝いを頼まれたとは言え、自らここを出て行く事も気が引ける。それに、なんとなくだけれど、ここには誰も来ないような気がした。だから、着物を脱いでしまおうと思い、帯をほどいた。呼吸がずっと楽になる。それから、今日買ってもらった浴衣に着替えた。帯ではなく、それよりも細い紐を適当に前で結ぶと、なんだかそれらしく着れている気がした。そのまま畳の上に仰向けに寝転び、ゆっくりと深呼吸した。もうすでに、部屋の中はほとんど真っ暗になっていた。
体が重い。目を閉じると、そこから意識がなくなるまでは、あっという間だった。
「ねぇ……」
聞き覚えのある声が、夢の中で聞こえる。
「ねぇ、起きてよ」
体を揺さぶられ、徐々に意識が戻ってくる。
まぶたを開けると、目の前に顔があり、驚いて小さな悲鳴が出た。
「僕だよ」
灯りを顔に向けられ、それが沖田さんだと分かると安心した。
「沖田さん……」
「大丈夫?」
「あ、はい」
答えてから体を起こした。
「これ、自分で着たの?」
私の浴衣に目を向けてそう言った。
「はい。着物の帯が苦しかったので、浴衣に着替えました」
「襟が逆だよ」
「え、ああ、すみません。すぐに直しますね」
そう言うと、沖田さんは灯りだけを置いて部屋の外に出て行った。
さっと紐をほどき、左右を反転されると、再び紐を腰に巻く。
「沖田さん終わりました」
部屋の外に声をかけると、すっと襖が開いた。
「君、夕飯まだでしょ?」
「その事なんですけど、手伝いもせずにすみません。気付いたら、寝てしまってて……」
「いいよ別に、近藤さんが今日は大目に見るってさ。それより、何か食べる物が残ってるか見てきてあげるから、ここで待ってて」
口調はほとんど棒読みだけれど、本当は優しい人なのかもしれないと思った。
しばらくすると、丸いおにぎりを乗せたお皿を持って戻ってきた。
「とりあえずご飯だけはあったから」
差し出されたお皿を受け取り、おにぎりと沖田さんを交互に見る。
「これ、作ってくれたんですか?」
「僕が作ったのが嫌なら、別に食べなくてもいいよ」
「いえ、嬉しいです、ありがとうございます」
両手を合わせ、口の中でいただきますを言ってからおにぎりを口に運ぶ。
「美味しいです」
「そう、良かった」
私の隣に寝転ぶと、片肘をついてこちらを向いた。




