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過去へ6





 初めて目にする風景に興奮し、しきりに周りを見回していると、何度か沖田さんの冷たい視線を感じた。それでも、興味が勝ってしばらくは気付かないふりをしていたけれど、何度目かの睨むようなそれでようやく大人しく付いて行く事にした。意識的に前だけを見て歩くのは、意外と難しい。

 予想はしていたけれど、道中会話が弾む事はなく、一言、二言話したくらいで、あとはひたすらに前に進むだけだった。

 どれくらい歩いたのか、一軒のお店の暖簾(のれん)をくぐると愛嬌のいい年配の女性が出迎えてくれた。

 沖田さんがその女性と話している間に、店の中をぐるりと見回す。

 綺麗に積み上げられている反物や、着物や帯なんかも並んでいる。特別珍しいわけでもないけれど、こうもたくさんあると思わず見入ってしまう。


「ねぇ、ちょっと」


 沖田さんに呼ばれて振り向くと、彼の前にいくつか着物が並べられていた。色使いや柄など、どれもが素敵なものばかりだ。


「好きな物を選べばいいよ」


 腕を組み、横目でそう言った。


「私が選んでいいんですか?」

「着るのは君だからね」

「……はい」


 しばらく迷ったけれど、小さな菊の花が、一面にびっしりと描かれている物を手に取った。

 沖田さんの刀を思い出し、近藤さんではないけれど、これも何かの縁だろうと思ったからだ。

 それを、衿(えり)に沿わして合わせ、沖田さんの方に体を向けた。


「似合ってますか?」


 遠慮がちに微笑んで見上げる。


「ああ、よく似合ってるよ」

「じゃあ、これにします」


 選んだ着物を持ってきた風呂敷に包んでもらい、自分で持つと言う私を制して沖田さんが持ってくれた。さらには、そのあとに買ってもらった浴衣まで、全て彼が持ってくれたのだ。

 申し訳なく思いながらも、その行為をありがたく受け取った。

 買い物を済ませ、再び沖田さんのあとを付いて行く。


「ねぇ、ちょっと寄り道しない?」


 振り返り沖田さんが言った。


「え、はい」


 つれて来られたのは先程のお店から歩いてすぐのお団子屋さんだった。

 席に着くなり、お団子とお茶を二人分注文してくれた。


「沖田さんて、お団子好きなんですか?」

「そうだね。団子に限らず甘い物はみんな好きだよ」


 そう言うと、今日初めて表情を緩めた。


「ねぇ、君はどうして僕たちの事を知ってたの?」


 私をちらりと見ると、運ばれてきたお茶をすすった。


「——有名ですから」

「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、君は僕たちの事どれだけ知ってるの?」

「その、あまり詳しくは分かりません」

「そっか」

「でも、皆さんが何を思い、その為にどう行動されてきたかを知らない人でも、壬生浪士組の名前は私の時代では多くの方が知っています。それだけ、あなたたちの活躍はすごかったんです」

「ふぅん」


 口調とは裏腹に、少しばかり口角を上げた。


「あっ——」


 美味しそうにお団子を頬張る姿を見て、思わず声が出た。


「何?」

「私、沖田さんの事で知っている事があります」


 そう言うと、話の先を促すように眉を上げた。


「金平糖が好きな事です」


 言い終わるよりも先に、ふっと笑った。


「間違ってました?」

「……いや。君って、面白いね」


 そう言うと、今日一番の優しい顔をした。

 屯所に戻ってすぐ、近藤さんにお礼を言ってから、沖田さんと一緒に彼の部屋に戻った。すぐさま風呂敷を広げ、買ってもらった着物やなんかをそれらしく整えて部屋の端に置き、大きな風呂敷を丁寧に畳みながらひと息ついた。と、そこまでは良かった。よくよく考えてみれば、いや、考えなくても分かる事なのだけれど、初対面の、それも男性と同じ部屋で夜を過ごすのは、いかがなものだろうか。

 近藤さんはそんな事など気にならないのか、それとも沖田さんに絶大の信頼を置いているのか、あるいはこの時代では特別な事ではないのか——


「ねぇ、何考えてるの?」


 私の頭の中を見透かされているかのような間で、後ろから沖田さんが問いかけてきた。


「いえ、別に何でもないです」

「あっそ。それじゃあ、今から御昼の準備手伝ってもらうよ」

「あ、はい。分かりました」


 台所へ案内され、固まってしまった。目の前のそれが台所だと言う事はなんとなく分かるのだけれど、現代とはまるで様子が違う。当たり前だけれど、ガスや水道はなく、薪を燃やして火を点け、水は井戸から汲んでくる。できるとかできないではなく、やらなければいけないのだから気合いをいれるしかない。

 沖田さんに使い方を教えてもらいながら、自分にできる事をできる範囲でこなしていく。


「沖田さん、味見してもらってもいいですか?」


 味噌汁を小皿に少し入れ、彼に手渡す。


「うん、美味しい」

「本当ですか? 良かったぁ」

「味付けは、君の方が上手だね」

「あ、ありがとうございます!」


 言いながら、軽く頭を下げた。


「それじゃあ、これ全部向こうの部屋に運んじゃおっか」

「はい!」


 誉められた事が嬉しくて、元気よく返事をすると、背中越しに沖田さんが笑った気がした。

 上座から近藤さんが座り、その隣に土方さんが座る。

 初めて見る方もいて、緊張しながら配膳していると、斉藤さんが何も言わずに手伝ってくれた。

 無言の優しさに、頭を下げる。


「皆揃ったか?」


 近藤さんが、言いながら部屋を見回した。


「食事を始める前に一つ報告がある。先程から気付いていると思うが、今日から住み込みで、家事全般の手伝いをしてくれるくれはさんだ」


 近藤さんの紹介で、一斉に私に視線が集まる。


「くれはさん、自己紹介を頼む」

「あ、はい。あの、初めまして。星宮くれはです。よろしくお願いします」


 正座をし、背筋を伸ばしてそう言ってから、畳に両手を付けて頭を下げる。慣れない所作に違和感しかないけれど、たぶん間違ってはいないはずだ。ゆっくり頭を上げると、相変わらず視線は私に向けられていた。


「それじゃあ、食事の後に、各々自己紹介でもしておくように」


 それからすぐに食事が始まった。

 入口側にいる私の場所からは、ほとんど全員が見える。

 想像でしか分からないけれど、男子校の食事の風景は、きっとこんな感じなのだろう。


「くれは、今日の飯すっげぇうめぇよ!」


 藤堂さんが身を乗り出してこちらを向き、ご飯を頬張ったまま言っている。


「あ、ありがとうございます」


 頭を軽く下げると、他の人たちも口々に美味しいと言ってくれるものだから、なんだか恥ずかしくなってしまった。






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