過去へ5
「どうも」
顔は笑っているのに、返事は素っ気ない。
総司と呼ばれたこの人は、沖田総司だろう。
「それと、悪いんだが今はどの部屋も空きがなくてな。総司、とりあえずお前の部屋に置いてやれ」
近藤さんの言葉に、あからさまに不満げな表情でため息をついている。
「総司、お前が拾ってきたんだ。お前がちゃんと面倒見ろ!」
土方さんは、私を動物か何かと勘違いしていないだろうか。思いながら、苦笑いを堪える。
「くれは、もし総司が嫌なら俺と一緒でもいいぜ!」
言ったそばから土方さんに頭を思い切り殴られているのは、先程、私のスマホに一番最初に食い付いてきた少年だ。
「ちょっと土方さん、本気で殴んなくてもいいだろ!」
言いながら、頭を押さえて土方さんを睨んでいる。
「すまんな。ここは男所帯だから、こんな事は日常茶飯事なんだよ」
近藤さんの苦笑いに、にっこり微笑んで首を横に振る。
「俺は藤堂平助。よろしくな」
歯を見せて笑うこの少年が、後の八番組組長、藤堂平助。と同時に、最年少組長とも言われている。彼の文献は現代ではほとんど残っておらず、もちろん写真もない。
明るい笑顔は、元気な弟分と言ったところだろうか。
「歳、お前も自己紹介くらいしておけ」
土方さんは、言われたのが近藤さんだからか、嫌な顔をしながらも一応は自己紹介をしてくれた。
土方歳三。文献通り、鬼副長と呼ばれるだけのオーラを感じる。それでも、彼の様な人間が現代の日本にいてくれたらと、私でなくても思うはずだ。
そして、私の左側にいた男性が、ここへ来てようやく口を開いた。
「俺は、斎藤一だ」
簡潔に自己紹介をしたのは、左利きの剣士、後の三番組組長、斎藤一。生涯で数回名前を変え、大正時代まで生きた彼は、文献通り無口な印象だった。
「総司、お前もだ」
近藤さんに促され、総司と呼ばれた男性は、短いため息をつくと私に向き直った。
「沖田総司です。僕、めんどくさいの拾っちゃったかも」
言葉とは裏腹ににっこりと微笑むけれど、その目は全く笑っていない。
「くれはさん、ここに住むとなれば、少し手伝ってほしい事があるんだが——」
近藤さんは、少し言いにくそうに続けた。
「先程も言った通り、ここは男所帯でな、君に家事やなんかを手伝ってもらえたらありがたいんだが、頼まれてくれんかね」
「私に出来る事なら、お手伝いさせて頂きます」
「そうか、それは助かる。それでは今日からよろしく頼む。総司、色々と教えてやってくれ」
機嫌良く言ってくれる近藤さんとは反対に、とりあえずと言った返事をする沖田さんに、もう一度頭を下げた。
「それから、その格好では目立ち過ぎる。荷物を置いたら総司と一緒に私の部屋へ来なさい」
近藤さんの言葉にそれぞれが部屋を出て行く。私も、沖田さんの後を追う。
沖田さんの部屋に荷物を置いてすぐ、近藤さんの部屋へ向かった。中へ入ると、畳の上に置かれている綺麗な着物が目に飛び込んできた。それを、さっと差し出された。
何でも、誰かへ贈るために用意していたらしいのだけれど、その予定がなくなり、そのままずっと手元に置いてあったと説明された。
誰がどう見ても女性への贈り物で、それを私が着るのは気が引けるけれど、今はそんな事など言っていられない。だから、もちろんありがたく受け取った。それから、普段着る着物やら何か要る物があれば買ってきなさいと、お金を握らせてくれた。
近藤さんに何度も頭を下げ、沖田さんと一緒に買い物に出かける事になった。
沖田さんの部屋の前まで戻って来ると、彼は部屋には入らず黙って襖に背中を向けた。どうしてそうしているのか分かるまでに数秒かかり、手元の着物を見てはっとなった。
そろそろと襖を引き、部屋へ入る。沖田さんの気遣いをありがたく思う半面、早速困難にぶち当たる——
以前ショッピングモールで浴衣を買った時は、付属の説明書が付いていたのでそれを見ながらどうにか着付ける事が出来たのだけれど、この着物には、どう考えても説明書なんかは付いていなさそうだった。
沖田さんを待たせる訳にもいかないと思い、そろそろと襖を開けた。
「あの——」
遠慮がちに顔だけを出して彼を見上げる。
「着物の着方が分からないので、教えて頂いてもいいですか?」
そう言うと、彼は驚いた顔をした。
「それ、本気で言ってるの?」
「はい……」
答えると、仕方ないと言った顔をしながら部屋へ入り、後ろ手で襖を閉めた。そして、長襦袢までの着方を教えてくれると、再び部屋の外へ出て行ってしまった。
とりあえずは、言われた通りに着てみたものの、正解が分からなかった。
「沖田さん、着れました」
中から声をかけると、彼は私から目線を外したまま部屋に入ってきた。
適当に羽織っていた着物を、手早く前で合わせてくれた。
彼の指先を目で追っていると、不意に目が合った。
瞬間、息が止まる。若き天才剣士、沖田総司。後に、新選組一番組組長を勤める事になる。
現代に残っている彼の写真は、どれが本物でどれが偽物かはっきりとしないままだけれど、今ここにいる沖田総司は、今までそうだと思っていた人物とはまるで違いすぎた。
現代風に言うとすれば、男前すぎる剣士。
「……ずるい」
思わず口にしてしまった。
「何?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「ほら、出来たよ」
あれやこれやと考えているうちに、手際良く着付けてくれた。
着物に詳しくない私でも、素敵な花柄のそれに気持ちが高ぶる。そして、くるくると回りながら自分を眺め、お礼を言った。
「すごく素敵な着物ですね。沖田さん、どうですか?」
彼の前で両手を広げる。
「ん、とっても可愛いよ」
意外にも、素直に褒められたものだから急に恥ずかしくなった。
屯所の門をくぐった途端、目を見張った。内心ではまだ、どこかで夢かもしれないと思っていたからだ。
——嘘じゃないんだ……
行き交う人は全員着物姿で、建物は低く、嘘みたいに遠くまで見渡せる。
道路はもちろん、アスファルトではなかった。




