過去へ4
怒鳴り声が狭い部屋に響く。
反射的に体がビクッとなるけれど、怯んではいられない。
「自分でもまだよく分からないですし、信じてもらえないかもしれないですけど。もし、本当にあなたが壬生浪士組の土方歳三さんなら、私は、この時代の人間ではありません。たぶん……」
語尾が消え入りそうになるのは、私の言葉に部屋の空気が張り詰めるのが分かったからだ。
「この時代の人間じゃないって言うなら、お前は、いつの時代の人間だって言うんだよ」
土方さんは鼻で笑っている。
「私のいた時代の元号は、令和と言います。今からその、約百六十年先の、未来です……」
「お前、冗談言ってると本当に斬るからな」
土方さんの低い声に、そこにいる全員が私を白い目で見ている。
「こ、この状況で、冗談が言えると思いますか?」
「お前の言う事が事実なら、証明しろ」
早口に言われ、自分のバッグを思い出す。
「あの……」
今度は、壬生寺で会ったその人に顔を向ける。
「私が持っていたバック、いえ、これくらいの四角い入れ物は、どこですか?」
両手で宙に四角を書きながら尋ねると、その人は立ち上がり部屋を出て行った。そして、すぐに戻ってくるなりバッグを私に手渡してくれた。それの中身を順番に畳の上に並べていく。
財布、スマホ、パスポート。化粧ポーチとハンカチに、絆創膏、家の鍵、カナダで買った飴とボールペン。それらを一つ一つ説明する。
「たぶん、この時代の物は、この中に一つとしてないと思います。ただ、こんな物で信用してもらえるとは思いませんが、今の私には証明出来る物がこれしかありません」
同席していた土方さんよりも若い男性、と言うよりも少年が、私に近寄るとそれらを物色し始めた。
「これはどうやって使うもんなんだ?」
スマホを指差して私に聞いてきた。
手に取り電源を入れる。たったそれだけで、少年は興奮しているようだった。そして、カメラモードにしてからそれを少年に向ける。シャッターのボタンを押すと、この時代には似つかわしくない音が響いた。
撮った写真を少年に見せると、先程よりも更に興奮した様子で他の人たちにも見せている。
すると、張り詰めていた空気が徐々に和らいでいくのが分かった。
「君は本当に、その、百六十年も先の未来から来たと言うのかね?」
中央の男性が、半信半疑と言った様子で尋ねてきた。
「もし、これが夢でないとすれば、それ以外に考えられません。でも、私にも詳しい事情ははっきりと分かりませんが……」
「何か、特別な事でもしたのではないのか?」
その質問に対し、カナダから日本に帰る途中の出来事を話した。それ以外、特別と言えるような事が見当たらなかったからだ。ただ、飛行機やなんかの説明がこんなにも難しいとは思わなかった。
一通り話終えたところで、目を伏せ長い息を吐くと、中央の男性に優しい声色で名前を呼ばれた 。
「くれはさん」
顔を上げ、その男性を見る。
「どうやら、大変な思いをされたようだね」
そこまで言うと、心なしか涙目になっているように見えた。
「とりあえず、帰る方法が分かるまで、ここにいなさい」
一変した態度に、驚いているのは私だけではなかった。
「近藤さん!」
土方さんが叫んだ。
「歳、まあそう言うな。どこにも行く宛のない娘さんを、京の町に一人置き去りには出来んだろう」
土方さんの声に動じる事なく、近藤さんと呼ばれた男性は、ゆっくりとした口調で話している。
「ちょっと待ってくれよ! 間者かどうかって問題はまだ解決してねぇだろ」
「歳、お前も今の話を聞いていただろう。もしも彼女が間者なら、自分が疑われるような事を言ったりはしないだろう。それに、それらの物は、今までに見た事のない物ばかりだ」
先程から、私の事を擁護するような言い方をしてくれているのは、たぶん、近藤勇だろう。よく見れば、写真で目にした顔そのままだ。
動いている近藤勇は、写真で見る勇ましい存在感とは違い、温和な雰囲気すら感じる。
「ただ——」
そう言うと、近藤さんは私を真っ直ぐに見つめた。
「歳の言う通り、丸きり信用していると言う訳ではない。何しろ我々も、君のような人間に出会ったのは初めての事なんだ」
「そう、ですよね」
「まあ、とにかくこれも何かの縁だと思って、しばらくはここに居ればいい」
目尻を下げ、そう言ってくれた近藤さんに頭を下げてお礼を言った。
「礼等いらんよ。それでは、遅ればせながら。私は壬生浪士組局長の近藤勇だ。よろしく」
「はい。あの、私は、星宮くれはです。よろしくお願いします」
「ああ、名前は総司から聞いていたよ」
壬生寺で会ったその人に、近藤さんが目配せをする。




