繋がる甘い香り10
だけど、私だって沖田さんのそばにいたい。
髪の毛を撫でる指が無造作に動く。
「……サヨさんの事は、いいんですか?」
「君はどうなの?」
自分こそ、素直になれていない。他人の事をとやかく言う前に、素直にならなければいけないのは私の方だ。
「沖田さんと一緒にいたいです」
言った途端、唇が重なった。
身体中が熱くなる。
触れるだけのそれは、ただただ優しくて、全てが満たされる気がした。
「僕がこうしたいと思うのはどういう相手なのか、前に話したの覚えてる?」
覚えてるも何も、忘れるはずがない。
小さく顎を引いて頷いた。
「本当はあの日、壬生寺で君を見つけた日から気になってたんだ。自分の中で、ずっと葛藤があった。君は悪くないのに、わざと避けたりもした。それに、楠くんに口付けをされた話を聞いた時は、すごく嫌な気分になった。正直、こんな自分は初めてだよ」
自嘲気味に笑うと、自分のおでこを私のそれにくっつけた。
「嫉妬なんて、格好悪いよね」
自分の弱い部分を見せるのは、好きな人に好きだと言うのと同じくらい勇気がいる事なのかもしれない。特にこの時代の男性は、強くある事が当たり前で、ましてや女性に弱みを見せる事などないに等しいように思う。だから、今の沖田さんの言葉は、本心からのものだろう。
私の体を抱きしめながら、ゆっくりと上体を起こした。それから、大きく息をついている。
「……矛盾してるよね」
言いながら、困ったように笑っている。
「何が、ですか?」
「屯所の奴には手を出すなって、僕が前にそう言った事覚えてる?」
もちろんそれも覚えていた。
「それなのに、僕が君に手を出した。めちゃくちゃだよね」
確かに言っている事はその通りだと思った。
「たぶん、その時にはもう、君の事が気になってたんだ。だから誰にも取られたくなくて、そんな事言ったんだと思う」
「ごめん」、呟くように付け足すと、そっと私の手を握った。
「サヨとは、ちゃんと話をするから」
真剣な眼差しに返事をするけれど、不安がないわけではなかった。
「一つ聞いていい?」
「はい」
「どうして僕なの?」
「えっ」となったけれど、声には出なかった。
「それは……」
そもそも、好きになる時の理由なんて、わざわざ探したりはしないだろう。
「理由は、分からないです。気付いたら、好きになってましたから」
「そっか」
「はい……」
それきり沖田さんは黙ってしまった。
遠くの空を眺めている。
同じようにそうしながら、考えていた。好きな人に好きだと言われて、キスをして、最高に幸せなはずなのに、何かが引っかかる。付き合おうと言う一言がほしいのか、結局はサヨさんの事なのか、それとも、もっと別の事なのかは分からないけれど、胸の奥がモヤモヤとする。すると突然、沖田さんの手が私の頭に置かれた。
「どうしたの? 考え事?」
「いえ、考え事ってほどではないですよ」
「いいよ、言ってごらん」
「その……」
優しさに、返って困ってしまう。
「沖田さんに好きだと言ってもらえてすごく嬉しいです。それなのに、何かが胸の奥でひっかかってるような感じがして……」
「サヨの事?」
心配そうな顔に、申し訳なくなる。
「サヨさんの事、全く気にならないと言えば嘘になりますけど、そういう事じゃなくて……」
話ながら、次第にこのモヤモヤの原因が見えてきた。
「私、男の人と想いが通じ合った事とか、付き合うとか、そういうの初めてで……」
ちらりと沖田さんを見る。
「何て言うか今、後悔してて、ってあの、その……」
「落ち着いて」
言われて深呼吸をする。
「今さらこんな事を言っても仕方ないんですけど、初めてのキスは、好きな人とがよかったです……」
「き、す?」
「ああ、えっと。さっき、沖田さんがしてくれた……」
言いながら唇に指を添えると、「ああ」と言って目を逸らした。たぶん、楠さんの事が思い浮かんだのだろう。
あの日の事をどれだけなかった事にしたいと思っても、もちろん過去は消せない訳で、あれは事故だったんだと言い聞かせても、起こった事実は事実でしかない。




