繋がる甘い香り9
縁側に戻ると、意外にも沖田さんはまだそこにいた。
「沖田さん……」
呼びかけるけれど、ちらりと私を見るだけだった。
「さっきはすみませんでした。その、少し感情的になってしまって」
答える代わりにゆっくりと首を振った。
「もう少しだけ、話を聞いてもらってもいいですか?」
何も言わない彼の隣に、静かに腰を下ろした。
「あの、私が以前見知らぬ男性に襲われかけた時、沖田さんが助けてくれた事があったじゃないですか。それで、そのあとに私が言った事、覚えてますか?」
あの日の出来事は、できるなら思い出したくはなかった。
「ごめん。あの時は僕も感情的だったから、全部は覚えてないけど……」
そう言った沖田さんの声は、どこか元気なく聞こえた。
「私、沖田さんが好きです」
二度目の告白は意外にも冷静だった。沖田さんも、あの時とは違い落ち着いている。特別な反応をするでもなく、「うん」と言うだけだった。
「自分でも気付かないうちに沖田さんの事を目で追うようになって、次第に意識するようになって。でも、何度も諦めようって思ったんですけど、なかなか諦められなくて……」
自分ではないみたいだった。好きな人を前に、自分の気持ちをきちんと言葉にできている事に驚いたけれど、もしかすると、これで終わりにしようと決めた事で返って強気になれているのかもしれない。
「沖田さんに恋人が、サヨさんがいる事を知っても気持ちが変わらなくて。それが苦しくて、辛くて。だったらこの気持ちを伝えてさっさと断られてしまえば楽になると思ったんです。だから今日、話があると言って時間を作ってもらいました。ただ、サヨさんの贈り物は予定外でしたけど……」
横目で沖田さんを盗み見る。彼は今、何を考えているのだろう。遠くの夜空を見るともなく見ていると言ったようだった。
「初めてだよ、こんなふうに想いを告げられたのは」
どの感情なのかよく分からない声色だ。
「僕は、サヨが好きなんだ」
きっぱりとそう言った。
だけどどこか、何か違う。言葉がふわふわとしていて頼りなく聞こえる。
「僕からサヨに想いを告げた」
まるで、自分に言い聞かせているようだ。だけどそれは間違いなく沖田さんの言葉で、聞いているだけで胸が苦しくなる。
「何があっても彼女を守るって決めた。何があっても……」
鼻の奥がツンとして、堪えきれずに涙がこぼれた。それを隠すように反対に顔をそむけ、さっと拭う。
「だけど最近、心が乱れるんだ」
静かに、けれど大きく深呼吸をした。
「君のせいだよ」
消え入りそうな声なのに、はっきりと聞こえた。
「君が僕の前に現れたから」
「どういう、意味ですか?」
「サヨの事好きになって、本気で好きで、今も大切だって思うのに、それ以上に君の事が気になって仕方ない。こんなのは、初めてだよ……」
言いながらうなだれると、あからさまにため息をついた。
「私——」
「君のせいだよ!」
それ以上喋るなとでも言わんばかりの口調に瞬間息が止まる。
「こんな中途半端な気持ちでサヨに会えないよ」
言われたところで、ただ黙って聞いている事しかできない。
「僕は、どうすればいい?」
答えを求めているのか、どうにもならない思いをぶつけられているのか。どちらにせよ、真っ直ぐ見つめられ、思わず目を泳がせてしまう。
模範解答のような答えしか思い浮かばないけれど、少しでも沖田さんに寄り添えるならと口を開いた。
「自分の気持ちに、素直になればいいと思います……」
黙り込む沖田さんの様子を伺いながら、正解とも不正解とも分からない答えのそのあとを考える。
短いの沈黙のあと、沖田さんが身じろいだかと思うと、突然抱きしめられた。反動で、彼の腕を掴んでいた。
「……沖田、さん?」
「今の僕は、たぶん素直だよ」
言ってからすぐ、後ろに押し倒された。
沖田さんの顔が、真上から私を見下ろしているのが暗闇でも分かる。
涼しいはずの夜風はいつの間にか止み、今はじりじりと暑い。
「素直になるって意味が間違ってないなら、君が僕に求めている事を、僕も君に求めるよ」
髪の毛をゆっくりと撫でられ、きゅっと肩が上がる。
「君は僕がほしいの?」
その答えは簡単すぎるほど簡単なはずなのに、言葉にする事に戸惑ってしまうのは、サヨさんの顔が頭に浮かんで仕方ないからだ。あの可愛らしい笑顔には、なんの罪もない。私には、彼女からあの笑顔を奪う権利なんてない——




