繋がる甘い香り6
沖田さんの誕生日の正確な日付は、私が知る限り、現代に残る文献の中にはどこにも記載されていなかった。ただ、夏の暑い日、とだけ書かれていた気がする。だから、たまたま近藤さんと話をしていた時、沖田さんの話になり、偶然誕生日を知る事ができた。知られていなかった歴史を知るのは、ほんの一部分であろうと不思議な気持ちになる。
大きな事件が起きる事もなく、穏やかに過ぎていった七月も、あと少しで終わろうとしている——
子供たちの楽しげな声に負けじと蝉の声が四方から聞こえる。
予定よりも早く買い物が済み、壬生寺に寄り道をして日陰に身を寄せながら、無意味だと分かってはいるけれど、思わず大丈夫とつぶやいていた。
今朝、部屋に戻る途中の沖田さんを引き止め、話があるからと今晩時間を作ってもらった。正直ものすごく緊張した。話をする事さえも断られたらと思っていたからだ。ただ、こんな雰囲気にしてしまった原因は間違いなく私で、言い訳のしようもない。
あの日沖田さんの後を尾け、見事に失敗し、彼女と過ごすはずだった時間を奪ってしまったのはもちろん、勢いあまって好きだと言ってしまったもの良くなったのかもしれない。そもそも黙って後を尾けられた側の気持ちになってみれば、単純に怖いし、不信感しかない。それでも沖田さんは私を避ける事はせず、最低限のやり取りはしてくれる。相手にされないよりはずっといいけれど、淡々とした口調に笑顔で返すのは辛くなる時もある——
沖田さんと会うのは巡察のあとになった。時間は遅くなるけれど、その時自分がどんな顔をしているのか想像もつかないので、昼間の明るいうちよりも返ってその方がよかった。
しばらく壬生寺の隅で今夜の事を考えていた。
沖田さんがどんなに冷たい態度であっても、怖気付かずに、告白と言うよりも報告に近い感じで話ができれば、雰囲気もそこまで重くはならないだろう。理想は明るく話したいけれど、きっとそれは無理だと思うので、せめて二人でいる時は泣かないようにしよう。
今後、今以上に気まずくなる事だけは避けたい。
屯所に戻り、時間は早いけれど、夕飯の支度でもしようも裏庭に出てすぐ、そう言えばと洗濯物の事をすっかり忘れていた事に気付き、先に片付けてしまおうとそちらに足を向ける。
洗濯物を取り込みながら、不意に視線をずらすと、一ヶ所だけ低くなっている垣根のところに女性の姿が見えた。するとその人は、目が合った途端に私に向かって頭を下げた。反射的に私も頭を下げる。
次に顔を上げた瞬間、その女性が誰なのか気付いて動揺した。
「あの——」
遠慮がちな声で私を呼んでいる。返事をする代わりにその人に近寄って行き、どうかしたのかと顔だけで聞く。
「あなたは、ここの家の方ですか?」
「いえ。私はその、女中、みたいな者です」
答えてから、虚しくなった。
「そうですか。あの、今ちょっといいですか?」
それには黙って頷いた。
「あの、うちの名前はサヨと申します。初めて会った方に厚かましいお願いやとは思いますが、これを、総司さんに渡してもらえませんか?」
そう言って懐から取り出したのは、朱色が綺麗な市松模様の手ぬぐいだった。それに包まれていたのは、見覚えのある匂い袋だ。
出そうになる声を飲み込み、歪みそうになる顔をどうにかいつも通りに保つ。
サヨさんは、頬を赤く染め、うつむきがちに話し始めた。
「実は今日、出先でこれを見つけて」
匂袋を持つ手を軽く上げた。
「総司さん、甘い物好きやから」
持っているそれをわざわざ私の鼻先に近付けた。
バニラのような甘い香り。白い生地に小花柄、そして黄色の紐。私が選んだ物と全く同じだった。さらには理由までもが同じすぎて、笑えない。
「ほとんど勢いで買って、総司さんの事考えとったら会いたくなって」
そう言ったサヨさんは、照れたように笑った。
「ほんまは自分で渡したかったんですけど、約束してた訳でもないですし、勝手にここまで来てしまったから、顔を出すのは迷惑違うかなぁと思って」
嫉妬以前に、可愛らしい人だと思った。
「会えたら会えたで良かったんやけど、もしお願いできるんやったら、頼んでもいいですか?」
私なんかが敵うはずがないと思った。
力なく頷くと、サヨさんはみるみる笑顔になり、「ありがとうございます」と頭を下げた。
受け取ったそれを見つめる。
悲しくて、やりきれない。
この時代の人は、誕生日にわざわざ贈り物をする習慣がない。だから、土方さんの誕生日プレゼントの事を斎藤さんに相談した時は、不思議そうな顔をしていた。
サヨさんはきっと、今日でなければと言う思いがあったのではなく、本当にたまたま今日というだけだったのだろう。だからこそ、よりによって今日でなくてもと、心の底から思った。




