↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/58

繋がる甘い香り3





 朝から巡察に出かけていた隊士の方たちが戻ってくると、一気に屯所の中が賑やかになる。それを合図に、私は夕飯の配膳を始める。

 沖田さんの姿を見つけ、思わず手元が止まってしまった。


「くれはどうかしたのか?」


 一緒に配膳をしてくれている平助くんが聞いてきた。


「ううん、なんでもない。これで最後かな」


 独り言のように言いながら、全て揃っているかを確認する。


「平助くんが切ってくれた大根の漬物、美味しそうだね」


 そう言って意地悪な顔をすると、案の定、「うるさいよ!」、の一言が返ってきた。その漬物は、いちょう切りとも短冊切りとも言いがたいいびつな形をしている。


「仕方ねえだろ! この漬物切る時動くんだよ」


 分からないでもない言い訳を本気で言うものだから、それを聞いていた周りの隊士の方はくすくすと笑っている。


「私は平助くんの切ってくれた漬物が一番美味しいと思いますよ」


 嘘ではないけれど、どうしても口元が緩んでしまう。


「何回も言うなって!」


 そんな事を言い合っていると、ほとんど全員がそれぞれの席に着いた。そして、各々に手を合わせている。

 味噌汁のお碗を口に運びながら、結局は沖田さんの事を盗み見てしまう。箸の持ち方が綺麗で、それだけで胸が締めつけられてしまうのだからどうしようもない。

 夕飯のあと、後片付けも終わろうかという時に、正面から楠さんがこちらに来るのが分かった。


「お疲れ様です」


 とりあえずの挨拶をした。


「くれはさんこそ、お疲れ様です」


 そう言うと、洗い終えた茶碗や湯飲みなどが入ったざるを軽々と持ち上げた。


「向こうに運びますね」

「あ、ありがとうございます」

「いえ、これくらい」


 慎重にざるを置くと、素早く私に向き直った。


「あの、よかったら今夜、一緒に星でも見ませんか?」

「え……」


 今夜が七夕だからだとは言わないけれど、簡単に察しがついた。まさか楠さんに誘われるとは夢にも思わず返事に困った。


「えっと……」


 途端、閃いた。


「へ、平助くんが、一緒に星でも見ようって誘ってくれて、それで……」

「藤堂さんが? そう、ですか」


 お互い、それ以上は何も言わなかった。楠さんは「分かりました」と言うと、柔らかく目を細めた。後ろ姿を見送り、平助くんに何と説明しようかを考えるよりも先に、肝心の彼自信を見つけなければと慌てて台所を出た。するとすぐに、土方さんの部屋から出てくる平助くんの姿を見つけ、静かに手招きをした。


「どうしたくれた?」

「今少し、いいですか?」

「おう」


 答えながらも、不思議そうな顔をしている。


「あの、さっきは皆の前で笑ったりしてごめんなさい」

「何かと思えばそんな事かよ、気にすんなって! あんなの謝るような事でもないんだし。まさか、わざわざそれを謝りに来たのか?」

「うん……」

「でもまあ、くれはらしいな」


 平助くんがあんな冗談で怒っていない事など分かっていたけれど、これくらいしか話しかけるきっかけが見つからなかった。変に怪しまれなかった事にほっとはしたけれど、どこか嘘をついているような気分だった。


「そういえばさ——」


 そう切り出すと腕組みをした。


「今日って七夕だよな?」


 私が今一番欲しい言葉をこんなにもあっさりと言われ、少しだけ動揺した。


「あ、天の川って、見えるんですかね?」

「今日みたいな天気だと見えるんじゃねぇの?」

「本当ですか? 見てみたいなぁ」


 わざとらしくならないよう平助くんに訴える。


「えっ、くれは天の川見た事ないの?」

「見た事ないかもしれないです」

「珍しいな」

「それじゃあ、この時代では見た事ない人の方が少ないって事ですか?」

「少ないって言うか、見た事ない奴なんていないんじゃねぇかな。七夕の日はさ、家族とか、好きな子とかと一緒に星空を眺めたりするからな」

「へえ、そうなんだ」

「それじゃあ今夜、一緒に天の川でも見るか?」

「え、いいんですか? 見たい見たい!」


 そう答えたのはもちろん本心だけれど、それ以上にほっと胸を撫で下ろした。

 あとで庭で会う約束をし、一旦部屋に戻る。襖を開けると、そこには沖田さんの姿はなかった。今日の巡察はもう終わったはずだ。だとしたら、近藤さんか土方さんの部屋にいるのだろうか。それとも——

 平助くんの言葉を思い出す。きっと、沖田さんはあの人のところだろう。

 この時代の七夕は、現代で言うところのクリスマスのようなものなのかもしれない。そんな素敵な夜を、恋人がいるなら一緒に過ごさないはずがない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。