繋がる甘い香り3
朝から巡察に出かけていた隊士の方たちが戻ってくると、一気に屯所の中が賑やかになる。それを合図に、私は夕飯の配膳を始める。
沖田さんの姿を見つけ、思わず手元が止まってしまった。
「くれはどうかしたのか?」
一緒に配膳をしてくれている平助くんが聞いてきた。
「ううん、なんでもない。これで最後かな」
独り言のように言いながら、全て揃っているかを確認する。
「平助くんが切ってくれた大根の漬物、美味しそうだね」
そう言って意地悪な顔をすると、案の定、「うるさいよ!」、の一言が返ってきた。その漬物は、いちょう切りとも短冊切りとも言いがたいいびつな形をしている。
「仕方ねえだろ! この漬物切る時動くんだよ」
分からないでもない言い訳を本気で言うものだから、それを聞いていた周りの隊士の方はくすくすと笑っている。
「私は平助くんの切ってくれた漬物が一番美味しいと思いますよ」
嘘ではないけれど、どうしても口元が緩んでしまう。
「何回も言うなって!」
そんな事を言い合っていると、ほとんど全員がそれぞれの席に着いた。そして、各々に手を合わせている。
味噌汁のお碗を口に運びながら、結局は沖田さんの事を盗み見てしまう。箸の持ち方が綺麗で、それだけで胸が締めつけられてしまうのだからどうしようもない。
夕飯のあと、後片付けも終わろうかという時に、正面から楠さんがこちらに来るのが分かった。
「お疲れ様です」
とりあえずの挨拶をした。
「くれはさんこそ、お疲れ様です」
そう言うと、洗い終えた茶碗や湯飲みなどが入ったざるを軽々と持ち上げた。
「向こうに運びますね」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、これくらい」
慎重にざるを置くと、素早く私に向き直った。
「あの、よかったら今夜、一緒に星でも見ませんか?」
「え……」
今夜が七夕だからだとは言わないけれど、簡単に察しがついた。まさか楠さんに誘われるとは夢にも思わず返事に困った。
「えっと……」
途端、閃いた。
「へ、平助くんが、一緒に星でも見ようって誘ってくれて、それで……」
「藤堂さんが? そう、ですか」
お互い、それ以上は何も言わなかった。楠さんは「分かりました」と言うと、柔らかく目を細めた。後ろ姿を見送り、平助くんに何と説明しようかを考えるよりも先に、肝心の彼自信を見つけなければと慌てて台所を出た。するとすぐに、土方さんの部屋から出てくる平助くんの姿を見つけ、静かに手招きをした。
「どうしたくれた?」
「今少し、いいですか?」
「おう」
答えながらも、不思議そうな顔をしている。
「あの、さっきは皆の前で笑ったりしてごめんなさい」
「何かと思えばそんな事かよ、気にすんなって! あんなの謝るような事でもないんだし。まさか、わざわざそれを謝りに来たのか?」
「うん……」
「でもまあ、くれはらしいな」
平助くんがあんな冗談で怒っていない事など分かっていたけれど、これくらいしか話しかけるきっかけが見つからなかった。変に怪しまれなかった事にほっとはしたけれど、どこか嘘をついているような気分だった。
「そういえばさ——」
そう切り出すと腕組みをした。
「今日って七夕だよな?」
私が今一番欲しい言葉をこんなにもあっさりと言われ、少しだけ動揺した。
「あ、天の川って、見えるんですかね?」
「今日みたいな天気だと見えるんじゃねぇの?」
「本当ですか? 見てみたいなぁ」
わざとらしくならないよう平助くんに訴える。
「えっ、くれは天の川見た事ないの?」
「見た事ないかもしれないです」
「珍しいな」
「それじゃあ、この時代では見た事ない人の方が少ないって事ですか?」
「少ないって言うか、見た事ない奴なんていないんじゃねぇかな。七夕の日はさ、家族とか、好きな子とかと一緒に星空を眺めたりするからな」
「へえ、そうなんだ」
「それじゃあ今夜、一緒に天の川でも見るか?」
「え、いいんですか? 見たい見たい!」
そう答えたのはもちろん本心だけれど、それ以上にほっと胸を撫で下ろした。
あとで庭で会う約束をし、一旦部屋に戻る。襖を開けると、そこには沖田さんの姿はなかった。今日の巡察はもう終わったはずだ。だとしたら、近藤さんか土方さんの部屋にいるのだろうか。それとも——
平助くんの言葉を思い出す。きっと、沖田さんはあの人のところだろう。
この時代の七夕は、現代で言うところのクリスマスのようなものなのかもしれない。そんな素敵な夜を、恋人がいるなら一緒に過ごさないはずがない。




