繋がる甘い香り2
大きな声で隊の皆に指示をしている平助くんは冗談抜きで格好良かった。普段、原田さんや永倉さんなんかにいじられている彼を知っている人からすれば、この一面は現代で言うところのギャップで、間違いなく女の子からモテると思った。ただ、それを本人が気付いているかどうかは別の話だ。
草履が砂利を蹴る音や、木刀が空を切る音が、いつにも増して耳に心地いい。
頬杖を着いたまま、目を閉じてそれらの音に耳を傾ける。平助くんの怒鳴るような声ですら、なんだか微笑ましかった。そうしていると、次第に子守唄のようになって耳に届く。うつらうつらとなりながら、眠ってはいけないと無理矢理まぶたを持ち上げる。すると、目の前に誰かが立っていた。
「こんなところで居眠り?」
ゆっくりと視線を上げる。
「沖田さん……」
声がかすれた。
「稽古、見に来たんじゃないの?」
「あ、はい」
返事をしながら状況を把握する。
「すみません、私……」
「僕に謝られても困るんだけど」
そんなやり取りをしていると、平助くんが大声で「休憩っ!」と叫んだ。沖田さんに頭を下げ、逃げるようにして平助くんの元へ駆け寄った。
「平助くんっ」
「おう! 俺の格好良いとこちゃんと見ててくれたか?」
「うん、ああ、ごめん。初めは見てたんだけどね、途中、気付いたら寝ちゃってて……」
「なんだよそれ!」、と相変わらずの大きな声で言うけれど、すぐに、「知ってる」、と意地悪な表情で言われた。驚いていると、頬を緩めて笑った。
「くれは気持ち良さそうに寝てんだもん、起こすに起こせねえだろ」
「ごめんなさい」
「それに、総司さんが寝かせといてやれとか言うしさ」
「沖田さんが?」
「うん」
返事をしながら辺りを見回した。
「あれ? 総司さんは?」
平助くんが言った。
「沖田さんならそこに、あれ? いない」
「あの人絶対さぼりじゃん!」
言ってから、子供のように頬を膨らますから、人差し指でそれをつついた。
「ちょっ、何してんだよ!?」
驚いて手が宙をさ迷っている。
「だって平助くん——」
可愛いんだもん、と言いそうになって寸前で言葉を飲み込んだ。
「言いかけてやめんなよ!」
「ううん、なんでもないっ」
「くれはって意外と意地悪なんだな」
わざとらしい言い方にくすりと笑ってしまった。
「だって、こんな事言ったら平助くん怒ると思ったから」
「そこまで言ったら気になるだろ! 怒んないから言ってみろっ!」
「その、ほっぺた膨らませて怒ってる平助くん、可愛いなって、思って……」
素直に話すと、怒るどころか顔を真っ赤に染めて黙りこんだ。その姿を見て、いたずら心に火が点いてしまった。
目を泳がせている平助くんの頬に再び人差し指を伸ばす。
「馬鹿やめろって!」
口は悪いけれど、どこかまんざらでもないような顔に見えた。
「この際だから本当の事を言ってもいいですか?」
「なんだよ本当の事って?」
「平助くんって、やっぱり可愛い」
同世代の男の子をからかうのは、たぶん初めかもしれない。恥ずかしがる平助くんを見ていると、我慢しきれず笑ってしまった。すると、つらて彼も笑い出した。そうしながら、私を殴る真似をするものだから、大げさな身振りで体を横にずらした。その瞬間、思ってしまった。もしも平助くんを好きになっていたら、毎日が楽しくて、今みたいに一緒に笑い合えていたのかもしれない。
壬生寺から戻ってすぐ、近藤さんと七夕の話をしていたら、屯所の庭に私の背丈ほどの笹を飾ってくれた。隊士たちも気分転換になるだろうと、わざわざ短冊まで用意してくれた。
掃除や洗濯が一段落つき、縁側に座って笹を眺めながら、短冊に何を書こうか考える。先ほど皆さんの願い事をこっそりと見ていたけれど、そのほとんどが、いわゆる仕事関係の事ばかりだった。ここは職場で、上司の目もある訳だから、私情が悪い訳ではなく、あまり浮かれた事を書くのは不謹慎と言えばそうなのかもしれない。それにしても、固い文章ばかりで、本心なのかと疑いたくなるものばかりだった。だからと言って、自分の願い事はとてもではないけれど書けそうにない。つい最近、沖田さんを想う気持ちは胸の奥にしまっておこうと決めたにも関わらず、真っ先に思い浮かんだ願い事は、沖田さんと両思いになれますように、だった。まるで小学生みたいだ。単純すぎて恥ずかしいのと、無意識にそう思ったとは言え、意思の弱さにこの先が不安になる。
短冊には、隊士の皆さんがいつまでも健康でいられますように、そう書いた。でもそれも、遠回しに沖田さんの事を思っていた——
七月七日、現代ではこの時期は梅雨の真っ只中で、天の川の期待は難しい。ましてや街中では夜のネオンに遮られ、星など一つも見えないだろう。そんなあれこれを考えていると、以前、沖田さんと縁側に並んで夜空を眺めた事を思い出し、短いため息が出た。




