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心に蓋、矛盾4





 口にするや否や、私の体に触れた。

 咄嗟に嫌だと思った。咄嗟に、覚悟を決めた。

 抱きしめる腕は乱暴なのに、突っぱねる事ができない。

 襟元を掴まれ、強引に乱された。胸元まではだけてしまいそうで慌てて両手で隠すけれど、その手は簡単につかまってしまった。次の瞬間、首元に顔を埋めるものだから、体が強張って動けなかった。

 楠さんの時とは、違う。

 鎖骨辺りに沖田さんの唇が当たり、上手く息ができない。そのすぐあと、喉の下辺りがちくりと傷んだ。


「あ……」


 自分の声に驚いて咄嗟に口をふさいだ。

 ほとんど無理矢理そうされているにも関わらず、自分でも分かるほどの甘い声だったからだ。

 沖田さんが丸めていた背中を伸ばすと、意地悪な顔で笑った。


「君って感じやすいんだね」


 無駄だと分かっていながらも、首を横に振った。

 沖田さんは何も言わない。


「……こ、こんな事して、彼女に悪いと思わないんですか?」


 細やかな抵抗だった。


「どうだろう」

「どうだろうって、あの人は、沖田さんの大切な人なんじゃないんですか?」

「そうだよ」


 即答だった。

 また、息ができない。頭が混乱する。

 矛盾していると思った。それとも、私の感覚がおかしいのだろうか。


「君が、僕の事を好きだなんて言うからだろ」


 そう言って顔を近付けるから、咄嗟に顎を引いた。

 沖田さんの動きが止まる 。二度はそうしない代わりに、私のおでこに自分のそれをくっつけた。


「どうして避けるの?」


 打って変わって、今度まるで恋人にそうするかのような優しい口調だった。頬に添えられた手が、嘘みたいに熱い。

 彼の唇を見つめ、想像してしまった——


「楠くんとはできて、僕とはできないの? やっぱり、僕の事好きって言ったのは嘘なんだ」


 悲しげな声に動揺した。


「嘘じゃないです……」


 答えると、わずかに目を細めながら首をかしげた。

 信用していないのか、からかっているだけなのか、何も汲み取れない——

 真っ直ぐ目を合わせたまま、沖田さんの手が腰の辺りで動いている。そしてそのまま、滑るようにして着物の合わせから内側へと差し入れられた。

 ふとももに、指先が触れた。

 動じないその手つきに胸が痛む。

 誰かに見られたらと思うけれど、思うだけだった。

 ふとももの上で彼の指が柔々と動く。それだけで、息が上がっていく。

 無意識にこぼれた吐息が、自分のものではないみたいだった。


「気持ちいいの?」

「いえ、そんな……」


 そう答えるのが精一杯だった。


「我慢しなくてもいいんだよ」


 どうかすれば勘違いしそうになる。先程からずっとそうだ。たぶん沖田さんは、私の事を彼女と重ねて見ているのかもしれない。そう思うと、優しく言われるたびに苦しくなる。だけど、全部私のせいだ。

 また、首筋に小さな痛みが走る。好きな人にそうされる事は嬉しいのに、心は複雑でしかなかった。

 好きで、好きで、好きで——恋しくてたまらない。恋人がいると知っても、今、私を私として見ていなくても、どうしようもなく好き。嘘でもいい、今だけでいい。そう思い、沖田さんの背中に腕を回した。その瞬間、動きが止まったように感じた。けれどそれもほんの一瞬だった。

 首筋がまた、ちくりと痛む。

 しばらくして、沖田さんがゆっくりと顔を上げた。目が合うと、両手を私の頬に添え、顔を近付けた。その先は、きっと誰でも想像がつくだろう。これでいい、そう思い、そっとまぶたを閉じた。

 緊張や不安、そういった類(たぐ)いの感情で体が震える。けれど、吐息を感じるほどの距離は、それ以上縮まる事はなかった。

 まぶたを開けると、じっと私を見下ろしている。


「……しないよ」


 表情のない言葉だった。


「好きな子としか、しないから」


 胸が張り裂けそうだった。

 当たり前と言えば当たり前の事を言われただけなのだけれど、この状況で好きな人にそれを言われると、私を全否定されたのも同じ事だ。

 気持ちがない事くらい分かっていた。それでも、沖田さんが求めるなら断る理由などないと思った。





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