心に蓋、矛盾2
「沖田さんはこれからどこかへ行かれるんですか?」
この空気をどうにかしようと分かりやすく話題を変えた。
「ん、まぁね」
その一言に、勝手な想像をして、勝手に落ち込んだ。例の女の人に会いに行くと思ったからだ。
「そうですか。それじゃあ私は部屋に戻りますね」
「僕も戻ります」
そう言った楠さんと並んで勝手口の方へ歩きかけると、沖田さんが楠さんを呼び止めた。それだけで心臓が暴れだす。これ以上は感情が表情に出てしまいそうで、さっと頭を下げてその場を立ち去った。
台所の中へ入り、後ろ手で引戸を閉める。そこでゆっくりと一呼吸ついた。
沖田さんは楠さんを呼び止めていったい何を話しているのだろう。単純に仕事の話なのか、それとも……
それはそうと、このあとどこへ出かけるのだろう。本当に、例の女の人のところへ行くのだろうか。そんな事を考えていると、熱がぶり返しそうだ。
部屋に戻り、敷きっぱなしの布団の上に座るなり掛け布団を引き寄せて抱きしめた。
もう、ほとんど勢いだった。
手早く着物に着替え、そっと部屋を飛び出した。
四条通りを東に向かって歩いていく。気持ちがはやるあまり、どうかすれば走り出しそうなほどだ。次第に息が上がり、意識が自分に向くとようやく落ち着きが戻ってきた。歩幅を緩め、呼吸を整える。
そもそも沖田さんがどこへ行くのかも分からない、その事実をあたかも今思い出したかのように、自分の行動の浅はかさに肩を落とす。
たぶん今は、屯所と四条河原町の間くらいにいるだろうか。引き返そうかとも考えたけれど、ここまで来たならと、東山の方に向かってもう少し歩いてみる事にした。
人通りが増え、活気のある声が飛び交う。
四条大橋を渡り、少し先に見える八坂神社を見るともなく見ながら歩いていると、花見小路通りの手前で沖田さんの姿を見つけ、思わず物陰に隠れた。様子を伺っていると、一人ではなく、隣には例の女の人がいた。
ただただ現実を突き付けられ、胸が苦しくて、苦しくて、苦しいだけだ……
沖田さんを見つけたあとの事は、何も考えていなかった。
花見小路通りに入った二人のあとを、良くないとは分かっていながらも追いかけていた。気付かれないよう建物に沿って歩く。けれど、途中で立ち止まり、これ以上はだめだと自分に言い聞かす。
見たくはないのに、目を離せない——
無理矢理に足元に視線を向け、大きく息をついた。そうしていると、突然誰かにお尻を触られた。声を出す余裕もなく驚いて振り返ると、そこには知らない男性が立っていた。歳は、私よりもだいぶ上だろうか。その男は、不適な笑みを浮かべると、いきなり私の手首を引っ掴んで歩き出した。
「えっ、何するんですか! 離して下さい!」
何が起きたのか全く理解できなかった。
「手を離して下さい!」
男は私の言葉を無視して大股に歩いている。
転びそうになりながら必死に抵抗するけれど、私の方を見向きもしない。
細くて狭い路地に入ると、投げ捨てるようにして手を離すから、思い切り壁に肩をぶつけた。肩に手を添えながら男の方を見ると、不気味に笑いながら両手を伸ばして私に抱きついてきた。
全身で抵抗する。けれど、男性に力で敵うはずもなく、私の体を撫で回すようにその手を動かし始めた。
強盗だと思い、金品の類いは一切持っていないからと少しだけ油断していたけれど、これは強盗ではなく強姦だ。そう理解した瞬間、大声で叫んでいた。
男の動きが一瞬止まる。その隙に両手で思い切り男の胸を押し、反動でしりもちを着いて後ろに転んでしまった。
「別にいいだろ」
さも当たり前のような口調で男が言った。答える代わりに下から睨み付けるけれど、余裕たっぷりな顔で私を見下ろしているだけだった。
再び私の手首を掴み、無遠慮に持ち上げるようにして立たせると、男の顔が目の前に現れてぎょっとなった。どうにかしてここから逃げなければと、掴まれた方の手を、上下左右に大きく振り回す。
「嫌っ、離して下さい!」
思い切り舌打ちをされたところでどうだっていい。男が私の体ごと羽交い締めにしようとした、次の瞬間、急に体が解放された。前のめりになりながらも、必死にその場を離れた。
「大丈夫!?」
その声に振り向くと、先程の男が地面に倒れているのが見えた。その隣には、沖田さんが立っている。助かったと思ったのと同時に、この状況の言い訳を、どう説明すればいいのかを考えていた。
「こんな所で何してるの?」
その表情は、決して穏やかなものではなかった。




