膨らむ誤解6
当たり前のように言うけれど、どう考えても、と言うか考えなくてもこの状況はあまり良くない気がした。これは、恋人同士が朝を迎えた時の状況であって、病み上がりの私には刺激が強すぎる。
沖田さんの腕から抜け出そうと、体をよじらせた。
「もう起きちゃうの?」
「あ、はい」
動揺を隠して返事をする。
上半身を起こすと、昨日よりはだいぶ体が楽になっていた。大きく伸びをしてから沖田さんに目を向けると、横になったままこちらを見上げている。
「体調はどう?」
「もう熱も下がったと思います。体もだいぶ楽になりましたし、ありがとうございます。あの、沖田さんは起きないんですか?」
「だってまだ早いし、それに今日は休みだから。君も今日はゆっくりすればいいよ」
「でも、朝食の準備とか、洗濯物とか——」
私の言葉を遮って沖田さんが口を開いた。
「そんなのは誰かがやるから、心配しなくても大丈夫だよ」
申し訳ない顔を向けると、こちらに向かって手を伸ばした。そしてその手のひらを私のおでこにぴたりとくっつけた。
「確かに、熱はもうなさそうだね」
突然のそれは、反則だ。
「は、はい……」
「君ももう少し横になってたら?」
「あの、えっと……」
戸惑っていると腕を掴まれ、言われるがままに横になった。
「ずる休みってなんだか楽しいよね」
子供のような笑顔でそんな事を言った。
「あの、ずる休みじゃありません」
「知ってるよ」
からかわれているだけだとすぐに分かった。
「私、やっぱり手伝ってきます」
そう言って起き上がろうとすると、再び腕を掴まれた。
「ごめんごめん。怒った?」
「いえ、そんなんじゃないですけど……」
うつ伏せになった沖田さんは、こちらを向いて頬杖をついた。
「たまにはいいんじゃない? 君は毎日やってくれてるんだから、こんな時くらいゆっくりしなくちゃもったいないよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう言うと、隣で小さく笑った。
何て事ない会話から始まり、最近起きた出来事や、近藤さんや土方さん、他の隊士の方の話もしてくれた。文献だけでは伝わらない、本当の彼らがそこにいた。そういった話を聞くのは素直に嬉しいけれど、私としては、沖田さん個人の事をもっと知りたかった。
「沖田さんもお酒は強いんですか?」
先程から、皆の酒癖の話になっていた。
「僕はそんなに強い方じゃないかな。永倉さんみたいに馬鹿みたいな飲み方はあんまり好きじゃないしね」
言いながら、後半は笑っている。
「君もお酒は飲めるでしょ?」
「多少は飲めますけど、でも、そんなにたくさんは飲んだ事ないです」
「そっか、じゃあ今度、皆で飲みに行こうか。原田さんの腹踊りも見てみたいでしょ」
くすくす笑う彼につられ、同じ様に笑ってしまった。
沖田さんの話はどれも楽しくて、悪口が悪口に聞こえないのは、それが本気ではない事が分かるからで、信頼関係や尊敬があるからこそ言えるのだろう。それに気付くと、沖田さんの優しさにも気付いてしまう。だから余計に、気持ちが止まらなくなる。
それからしばらくして、襖の向こうから呼ばれて思わず飛び起きた。沖田さんは、そんな私を見てくすくす笑っている。
「平助くん?」
「ああ。くれは大丈夫か? 朝飯持ってきたんだけど、食べられそうか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
立ち上がり適当に浴衣を整える。
襖を開け、半分だけ顔を出した。
「おはようございます」
「おはよ。顔色良さそうだな」
「はい、もうだいぶ良くなりました。心配かけてすみませんでした」
「ううん。それよりこれ、食べられそうか?」
お盆の上にはお粥と梅干しが乗っていた。
「これ、平助くんが作ったんですか?」
「まぁ、見よう見まねだけどな。上手いかどうかは分かんないけど、食えない事はないと思うから」
そう言うと、歯を見せて笑った。
「平助もやればできるんだね」
いつの間にそこにいたのか、すぐ後ろから沖田さんがそう言った。
「うるさいなぁ。総司さんもさっさと起きて朝飯食べてくれよ」
「はいはい」
沖田さんのだらしない返事に平助くんが大きなため息をついた。
「くれは、お前は部屋でゆっくり食べてればいいからな」
そう言って差し出されたお盆を受け取り、お礼を言ってそれを部屋の中へ運ぶ。
「じゃあ僕も、しょうがないから平助の作ってくれた朝ご飯でも食べに行こうかな」
沖田さんのわざとらしい口調と、平助くんのぼやきがまるで漫才のようだった。それを見て笑っている私に、沖田さんが目配せをしてから襖を閉めた。




