膨らむ誤解3
「たぶん、そうだと思います」
「可愛いね」
沖田さんの優しい顔を、久しぶりに見た気がした。
「でも、屯所で飼うのはちょっと無理かな」
「そうですよね」
分かってはいたけれど、仕方がない。
「とりあえずこの中なら雨に当たらないから」
沖田さんがお堂を指差した。
「そうですね」
表に回り、子猫をお堂の上に乗せた。途端、こちらに向かって鳴き始めた。その姿に後ろ髪を引かれる思いはあったけれど、「また明日来ればいい」、沖田さんがそう言ってくれたので、子猫の頭を撫で、その場を離れた。
「あ、あの、どうして私がここにいるって分かったんですか?」
「君の行動範囲なんて、皆知ってるよ」
口調が半分笑っている。
「そう、ですよね……」
ほんの少しだけ期待した。それなのに、それ以上に落ち込んでしまった。
沖田さんが個人的に私を心配して来てくれたわけではなくても、少なからずそれに似た気持ちはあったはずだと、それだけで十分だと、自分に言い聞かす。
「僕じゃない方が良かった?」
「え?」
「楠くんの方が良かったとか?」
その名前にぎょっとなって足が止まった。
「図星なの?」
同じように立ち止まった沖田さんが、わざわざ私の顔を覗くようにしてそう言った。
「い、いえ、違います」
「そんなふうには見えないけど」
「そんな事ありません!」
声が重なるほどに叫んでいた。それでも沖田さんは、表情を崩す事なく、「そう」と言うだけだった。
いったい、どこまで知っているのだろう。
「あの、どうして楠さんなんですか?」
「どうしてって、最近二人が仲良く話してるところをよく見かけるし、それに彼、君の事気になってるみたいだしね」
「それは、楠さんが言っていたんですか?」
次第に責めるような口調になっていた。
「いや、別の奴から聞いた話」
「そうですか」
「それよりも、さっきから顔が怖いんだけど」
言われてはっとなる。
「あ、えっと、すみません……」
「この前の首のあれ、彼だったりして」
あれが何を指すのか、言わずともすぐに分かった。ふっと笑った顔が、ものすごく意地悪で、ものすごく冷たいのに、目を離せなかった。
事実なだけに、ぐうの音も出ない。
「否定しないのは本当だって事?」
からかっただけだったのか、言った本人の方が驚いているようだった。
「……違います」
簡単に見抜ける嘘だと自分でも分かる。
「ねぇ、前にも言ったよね。屯所の人たちには手を出すなって」
唇をぎゅっと結ぶ。
「君、女だからってなんでも許されると思ってない?」
首を横に振った。次第に強くなる口調に、返す言葉も出てこなかった。
「いつからなの?」
「え?」
「楠くんと、いつからそういう関係だったの?」
完全に誤解をしている。何と説明すれば理解してもらえるだろうか。ただ一言「違う」と言うにしても、その理由が納得のいくものでなければ意味がない。
「……あの」
恐る恐る口を開いた。
「楠さんとは、沖田さんが思ってるような関係じゃありません。本当に、そんなんじゃないですから……」
それ以上の説明が思い付かなかった。
間違いではないのに、間違いに思えるのは、沖田さんの鋭い目付きがそうさせているからだ。
「じゃあさ、一つ聞いてもいい?」
今の話を信用してくれたのかそうでないのか分からない表情だ。
「……はい」
それ以外に返事のしようがない。
「首筋のあれは、誰?」
吸い込んだ息を、うまく吐き出せない。答えないという選択肢は、沖田さんには通用しない気がした。それでも、すぐに答えられるはずもなく、今、何が一番正しいのかを考える。
刺すような視線に耐えきれなくなった頃、ゆっくりと一呼吸してから顔を上げた。
「……少し、話を聞いてくれますか?」
そう言うと、何も言わない代わりに頷いた。
再びお堂の方へ戻り、軒下に入ると番傘を閉じた。
先ほどの子猫は隅の方で丸まっている。
「誰にも言わないでもらえますか?」
「それは、話の内容によるんじゃない?」
そう言われたところで今さら引き返せない事は分かっている。
「……この前、一人で買い物に出かけていた時、今日みたいに急に雨が降ってきたんです」
話し出すと、あの日の事が鮮明に蘇ってくる。
「それで、今みたいに雨宿りをしていたら、偶然会ったんです。楠さんと……」




